前田敦子はなぜジャイ子を演じたのか
2012年、トヨタ自動車のCM「実写版ドラえもん」のジャイ子役に前田敦子が起用されたことは、多少論じがいがある。
同年まで所属していたAKB48で不動のセンターと呼ばれた国民的アイドルの前田が、幼少期に小太りの憎まれっ子役だったジャイ子を演じる、奇妙な違和感。ここには無論、CM演出上の意外性という制作側の意図が介在しているだろうが、同CM内でしずか役を女優・水川あさみが演じていることと合わせて考えると、2010年代の日本社会でジャイ子としずかがどのようなポジションにいるのかが透けて見えるようで、興味深い。
以下は、『百合のリアル』などの著書がある牧村朝子氏と筆者がWebメディア「cakes(ケイクス)」上で 対談した際、ジャイ子役に前田敦子がキャスティングされた理由について言及した筆者の発言である。
稲田 うーん、浅はかかもしれませんけど、やっぱり21世紀においては、しずかちゃんみたいに、ただ可愛いだけでサバイブできるってことに説得力がないんじゃないですか。ジャイ子のように才能があってバリバリやっている人のほうが、実際キラキラ輝いている。そこを強調するために、よりキラキラ度の高いあっちゃんを据えたのかもしれませんね。
(cakes「セーラームーンから『女子』を読む!」 第9回「美人なしずかちゃんと、おブスなジャイ子」より 2015年9月10日配信)
今思えば、注釈なしに「前田敦子のほうが水川あさみよりキラキラ度が高い」と言い切るのは早計だったかもと反省する。ただ、前田は愛嬌のある顔ではあるが、「顔面センター」という悪口が一部で囁かれるほど「誰もが振り返る絶世の美女」ではない。むしろ、クラスで少し可愛い子が尋常ならざる努力で栄光を勝ち取った—という感動的バックストーリー込みで世の中に受け入れられた、カリスマ的存在だ。
もちろん水川が努力していないというわけではない。しかし一般的に水川は「クールビューティー」と称される顔の造作とプロポーションの良さが全面に出た、前田に比べればずっと「生来的に美人の」女優であろう。
重要なのは、「そこまで美人ではない女の子が努力してカリスマ化した」と大多数の視聴者に了解されている前田がジャイ子を演じ、「オーソドックスに綺麗なお姉さん系女優」として了解されている水川がしずかを演じているという事実である。これは2010年代時点における、「ジャイ子」「しずか」それぞれのキャラクターに帯びるパブリックイメージと、概ね一致するのではないか。
さらに言うなら、昭和型マドンナとしてのしずかを(手の届かない)職業女優である水川が演じ、1990年代〜ゼロ年代の一芸サバイブ型女子としてのジャイ子を(会いに行ける/手が届く)アイドルである前田が演じた、という対称構図も設定できるだろう。
ちなみに『がんばれ!ジャイアン!!』で、ジャイアンはジャイ子に「兄ちゃんを嫌いになっても構わない。でもな、マンガは嫌いになるな!」と檄を飛ばす。その10年後に前田敦子の放った一言は、奇しくも韻を踏んでいた。
「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」
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