旦那さんには、「おはよう」も「おかえり」も言わない

多くの家庭では、起床時に「おはよう」という挨拶を交わします。出かける時には「いってきます」「いってらっしゃい」、帰ってきたときには「ただいま」「おかえり」と言葉をかけあう家庭も多いでしょう。しかし、下田美咲さんは、そんな挨拶はしたことがないし、しなくていいと思っている、と主張します。一体どいういうことでしょうか?

一般的に、挨拶は重んじられている、と思う。

恋人の条件として「挨拶がきちんとできる人」と挙げる人は男女ともによく見かけるし、さらにそれは「言えていたら理想的」というよりも「それが言えてないと一気に冷める。引いちゃう」という風に語られている。

ほとんどの家庭では朝起きた時に「おはよう」と言う。出かける時には「いってきます」「いってらっしゃい」と言い、帰ってきたら「ただいま」「お帰りなさい」と挨拶を交わす。それが素敵なことだとされているし、それができないのは人としてダメなこと、という風潮がある。

しかし、私は挨拶をしない。

私の属している家庭では、常に挨拶の文化がない。生まれ育った家庭でも、結婚をして自分で作った彼との家庭でも、私は「おはよう」「おやすみ」「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」と言ったことがないし、親もきょうだいも言っていなかったし、旦那さんが言っているのも聞いたことがない。

挨拶なんてしなくていいと思っているし、どちらかと言えば、たかだか挨拶をしてるところを見たくらいで「あの子はいい子だ」と判断して恋愛対象に入れちゃうことの方が、人としてどうかと思っている。詳しくは後述するけれど、挨拶は「媚を売るために存在するもの」「不審者だと思われないためにするもの」だと思うから。

起床時、言葉を発する前にすること

私たち夫婦の生活には、挨拶が一切存在しない。起きた時は第一声の前にまず触る。もう少ししたらお互い仕事の時間で、別々の1日を過ごさなきゃいけないから、名残惜しくて触る。触っているうちに彼が起きるから、どれだけ触っていたかと、どのくらい起きなかったかを教える。彼の方がたくさん眠るのであまりないけれど、触られていて起きる側になることもある。それから「朝ごはんはどうする?」と訊く。「おはよう」と言うタイミングなどない。

仕事へ向かう彼を見送る時は「もう行っちゃうの?」と延々とぐずる。私の方が早く家を出る時は彼の方がぐずる。玄関先まで付いて行って「何時に帰ってくるの?」と訊く。おっぱいを見せたり、振り返ってお尻のプリプリを差し出したりして、今日も一日仕事を頑張れそうなエネルギーをチャージさせ、お仕事頑張ってねのエールを送る。私が寂しそうな顔をすると、彼は嬉しそうな顔をして「早く帰ってくるね」と言って仕事へ向かう。

彼が「いってきます」という挨拶をしないことを気になったことがないし、自分が「いってらっしゃい」を言わなかったことでマイナスになっていると思ったこともない。そんなことより、もし出かける時にぜんぜん名残惜しそうじゃなかったら、それはすごく気にかかる。

旦那さんが帰宅した時も同じだ。彼は仕事から帰ってくると、私の元に駆け寄ってくる。私がどこにいても、キッチンであれお風呂場であれ、そこに直行してくる。1秒でも早く会いたかった様子で抱きしめてきたりキスをしてきたりする。

彼はいつも無言で現れるけれど、そのことをお行儀が悪いなどと思ったことがない。無事に帰ってきてくれて、やっとまた会えて、嬉しい。

5人家族でも「いってきます」は必要はなかった

結婚する前、私が実家で暮らしていた時も、家族と挨拶を交わしたことはない。家庭内での「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」の挨拶は、家族の誰が出かけていき、誰が帰ってきたかをお互い知るためというのが大きいと思うけど、挨拶をしなくても、みんな把握していた。

下田家では生活リズムが全員違っていたので、母が仕事に行く時、私はいつも寝ている時間だった。母は家を出る前、必ず私の部屋を見回りに来て、私に布団がかかっていなければ直したり、私の目元にそっと黒い靴下を置いていった(私が朝日を眩しがらないようにと、アイマスクの代わりに置いていったのだと思う)。だから私は、母から「いってきます」と言われなくても、母が出かけたことをちゃんと把握できていた。

母が帰宅したときも同様で、仕事から帰ってくると母は私の部屋に来て、少し開けたドアから顔を覗かせて「今日は何かいいことあった?」と訊いてきた。そのことで私は母が帰ってきたことを知り、私が今家の中にいることを母に把握してもらうことができた。

私も弟も父も「ただいま」とは言わないけれど、母は足音で誰かわかるようだった(私が帰るとリビングにつくよりも前の廊下の時点でいつも「みーちゃん?」と訊かれた)。そのうち私も足音を聞けば大体わかるようになった。

高校生くらいの頃は私と弟の中で動物の鳴きマネが流行っていたので、お互いに帰宅すると相手の部屋の前に行き、大体は猫になった。そうすると同じく猫の鳴き声が返ってきて、それでお互いの機嫌を把握したりしていた。

「おかえり」「ただいま」の文化はないけれど、行ってくる合図と帰ってきた合図のようなものは存在していたし、気にかけられてる気持ちも届いていた。

子どもや動物がいる家庭の場合は、通じる言葉が少ないので挨拶はキャッチーで使い勝手が良いけれど、大人同士だと、距離の近さに比例して独特のコミニュケーションが増えてくるから、帰宅や出発や起床や就寝の合図が「ただいま」「おかえり」「おはよう」「おやすみ」という言葉である必要がない。

挨拶は、媚を売るためにしか必要がない
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コメント

22chiocciola 私の家も「おはよう」とか「行ってらっしゃい」を基本的に言わないので、みーちゃんの意見よく分かる。 大人になると決まった挨拶以外の独特のコミュニケーションが生まれるよね。 https://t.co/cX2sUHotPu 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

erin_taso めっちゃ好き!! -挨拶は「媚を売るために存在するもの」- 3ヶ月前 replyretweetfavorite

kyckyc さすがにコレは無いわ。。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

animals11post #スマートニュース 5ヶ月前 replyretweetfavorite