大学は自らの価値を「きちんと」発信せよ

大手新聞の関西版に掲載された近畿大学の広告をきっかけに始まった大学の”くくり”を調べる取材も今回が最終回。ブランディングのなかで”くくり”はどのような意味づけを持つのか? またその”くくり”を脱するためにどのような発信が必要なのか? コピーライターの川上徹也氏が総括する。

なぜ多くの人が“釣り画像”に騙されたのか?

 近畿大学の“早慶近”の広告から始まった大学の“くくり”の由来を調べる取材。
 前回までの調査で、“関関同立”をはじめ“MARCH”“産近甲龍”“日東駒専”など、いろいろな“くくり”について調査した。これらの多くが「螢雪時代」をはじめとする受験メディアや予備校によって作られたものであることがわかった。

 コピーライターで、特に企業の旗印になるフレーズを開発することを仕事にしている私からすると、一番興味があるのは、このような“くくり”が、何の目的で特定の大学をブランディングするために作られたのかどうかという点である。

 実際、夕陽丘予備校の故・白山桂三氏が関西大学を応援するために作った“関関同立”というフレーズは、当時まだ“ポンキンカン”という日大、近大、関大というマンモス大学をやや揶揄した総称でくくられていた関大のポジションを高めることに大きく寄与した。関大自身がやったわけではないが、非常に優れたキャッチコピーであり、ブランディング戦略だったと言えるだろう。

 しかし前回調べた“MARCH”“産近甲龍”“日東駒専”“大東亜帝国”などにおいては、そのような事実は発見できなかった。特に誰かが特定の大学のブランディングを意図してこの“くくり”を流行らせようとしたわけではなく、語呂がいいことがあって、徐々に流通していったとみて間違いないだろう。

 ただし、近年、“MARCH” に学習院大学を加えて“GMARCH(ジーマーチ)”という呼び方も一部では使われている。それ以前にも、上智大学を加えて“JMARCH(ジェイマーチ)”、日本大学を加え“NMARCH(エヌマーチ)”などのフレーズが生まれては消えていった。これらの新しい“くくり”に関しては、誰かの何らかの意図が加わっていた可能性は否定できない。そのグループに入ることで得するという思惑があっても不思議ではないからだ。

 2013年1月には“MARCHING”“東東駒専”という偽の“くくり”がネットをにぎわしたこともあった。“MARCHING”はMARCH に、 ICU(国際基督教大)のI、日大のN、学習院ののGを加え、それぞれ頭文字を加えたもので、 大手受験予備校が新しい“くくり”を発表したという体裁の画像になっていた。

 実際は予備校がそのような“くくり”を発表した事実はなく、誰かが捏造しネットに上げられたいわゆる「釣り画像」であったのだが、多くの人たちは本物と思い込み、その“くくり”への感情的な賛否の議論がネットの掲示板などを賑わした。(参考記事 https://www.j-cast.com/2013/01/12161121.html

 多くの人が騙されたのは、その画像に実在する予備校の名前が書かれてあったからだろう。“くくり”が大学主導ではなく、予備校などによって作られるという象徴的な出来事だ。

 そして一度、その“くくり”に入れられてそれが定着してしまうと、近大広報の仕掛け人・世耕石弘氏が言うところの「入れ替え戦のないリーグ戦」を戦い続けなければいけなくなってしまう。大学側がいくら努力しても、世の中の評価は変わらない。それでは、健全な競争は生まれない。

実力があるのに知られていない“もったいない”大学たち

  これら現在の大学の“くくり”は校風ではなく入試の難易度によって決められている。その難易度はいわゆる偏差値によって決められる。終身雇用制という決められた価値観が一般的だった時代には、偏差値はある程度の指針になり得た。大学選びが会社選びと直結していたからだ。

 そのような時代においては、これらの“くくり”は、受験生の大学選びの指標になるすぐれたキャッチコピーだった。受験メディアや予備校がこれらを作ったのはそれなりに意味があったのだ。

 しかし価値観が多様化し、どんどん大学入学者が減っていく時代において、このような“くくり”はどんどん意味を持たなくなっていくだろう。

 そもそも偏差値とその大学が持っている本来の価値は必ずしも一致しない。この連載の初回で示した、英国の教育雑誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が発表した「THE世界大学ランキング2016-2017」の表を改めて見てほしい。

 私立総合大学では確かに“早慶近”しかなかったが、その他、私立大学では「豊田工業大学」「東京慈恵会医科大学」「順天堂大学」「東京理科大学」が、国公立大学にもおいては30校以上が世界800位内ランキング入りしているのがわかる。このようなランキングは、理系が強い大学が上位にきやすいという点は考慮する必要はあるとしても、順位が必ずしも偏差値と比例しているわけではないことがわかるだろう。

 近畿大学はここにうまく目をつけて、刺激的な広告を作り話題になった。しかしその他の大学はどうだろう? このランキングだけでも、「近大」と同等かそれ以上の大学はたくさんある。またこのような世界ランキングには入らなくても、この一点は他の大学には負けないという個性を持った大学も多数あるはずだ(そもそも大学の世界ランキング自体が特定の大学の研究所やメディアなどが発表している、ある程度恣意性がある指標でもある)。

 そのような大学は、きちんと自らの実力を世の中にアピールできているだろうか?

 もちろん、学術関係者や専門家の間では、その実力は知られているかもしれない。その地方では評価が高く知られている大学もあるだろう。

 しかし全国規模でみれば「東京大学」「京都大学」「早稲田大学」「慶應義塾大学」の4校を除くと、ほとんどの大学がその価値をきちんとアピールできていないように感じる。この4校にしても、メディアが勝手に持ち上げてくれているお蔭でバリューが保てている側面が大きく(中には現在の実力以上に評価されている大学もある)、自らその価値を発信できている訳ではない。

 予備校やメディアからは偏差値でくくられて、本来持っている実力よりも低くみられて、その他の大学は悔しくないのだろうか? もっと自らの価値をきちんと発信しようとは思わないのだろうか?

まずは、脱空気コピーから

 私は講演などで日本全国色々な地方に出張することが多い。駅などに大学の広告ポスターをよく見かけるが、その多くは「世界に羽ばたく」「〇〇から世界へ」「未来を拓く」「××のその先へ」などのような抽象的な空気コピー(左から右へスルーされる何の意味もない常套句)が書かれているものだ。

 新聞などでも複数の大学を並べた記事風広告などをよく見かけるが、これもまったく同じ空気コピーのオンパレード。どこの大学の学長の話もほとんど変わらない。

 もちろん、上記のような空気コピーとは違うスローガンやキャッチコピーを掲げている大学もある。しかしその多くは「抽象的」すぎたり、「英語で意味が伝わりにくい」ものだったり、「目立ってはいるけどそれだけ」だったり、「いい言葉だけど他の大学でも使えるもの」だったりする。

 大学名を伏せたら、どこの大学かわからないものがほとんどで、その大学が本来持っている価値をスバリ表現している言葉を見かけることはまずない。

 ではどうすれば、大学は自らの価値をきちんと発信していけるのか?

 まずは広告・広報など、外部に発信していく言葉を変えることから始める必要がある。そして空気コピーを絶対に使わないという決意から始めよう。

 その上で、大きく以下の3方向の発信の仕方が考えられる。

①一点突破の川下型
 何かその大学を象徴する売りになるコンテンツや人を見つけ出して、一点突破でそれをインパクトのある表現で訴えていくという手法。近大の「近大マグロ」を使った広告などがこれに当たる。

②ストーリーを生み出す川中型
 その大学が持っている熱い思いを強いメッセージにして発信していくことで、ストーリーの主人公になり共感を呼び起こししていくという手法。偏差値による序列をぶち壊すことに挑戦した近大の「早慶近」の広告などがこれに当たる。

③理念をコツコツの川上型
 その大学が持っている一番の価値を言語化し、その1行を旗印にして学内外にコツコツ発信していくという手法。その旗印が、その大学ならではもので、具体的な指標になることができるものであれば、偏差値以外の価値観を生み出すことも可能になる。

 もちろん、広告・広報の言葉を変えるだけでは不十分だ。実際にその言葉に合わせて、大学の授業、教員、設備なども変えていく必要がある。③の旗印になる言葉が、それらの改革の指標になることが理想的だ。また、今後は地元の住民や自治体に応援してもらえるような施策を実行していくなどの「ストーリー作り」も重要なポイントになってくる。

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大学の“くくり”はどのように生まれたのか?

川上徹也

関関同立、MARCH、日東駒専、産近甲龍……受験シーンと大学のブランドを規定している、大学の「くくり」。こうした「くくり」はなぜ生まれたのか? コピーライターでブランディングを得意とする川上徹也氏が、くくりが生まれた経緯を探る。

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marekingu #スマートニュース 20日前 replyretweetfavorite