後部座席で丸まったまま、池崎はうんうんと唸っている。
「んもう! 池崎。あれがサヨコだって」
指差しながら後部座席に叫んでも、池崎はうずくまったままだ。
ユウカは車をUターンさせようとギアをいれようとするがPとかDとかLとか、バックはどれだっけ? と思ってもBの表示がない。
「ユウカさん、Rです……」
※Pはparking (駐車)、Dはdrive (通常運転)、Lはlow(低速運転)Rはrear(後方運転)の略です。
池崎が後部座席から、消え入りそうな声で察しよくユウカに教える。
ギアをRにあわせてアクセルをブオンと踏み込む。日産ノートは呑気にピーピーと音を立てて、山道の崖の手前までお尻を寄せた。
「ユウカさん、ダメダメこれ以上バックすると、山にぶつかります!」
池崎の言う通り、山の側面のゴツゴツした岩にギリギリまで迫っていた。
「わかってるわよ。これでDに入れればいいのね。80万円を取り返すんだから!」
ユウカは、ハンドルに前のめりにしがみついて、ギアを勢いよくドライブにいれ、アクセルをふかした。
きゅるるるるるる。ユウカの気持ちが乗り移ったように、日産ノートは全力で前輪を回転させ、岩ギリギリまで迫っていた後輪を引っ張り出した。
ユウカは、サヨコと思しき女が乗ったライトバンが去っていった方向に強くハンドルを切った。
「シートベルト!」
今度はユウカが後部座席の池崎に言う。
池崎は後部座席で丸まっているからシートベルトをつけられない。
「すいません、ユウカさん。安全運転で」
「大丈夫まかせて。ゴールドの腕前見せてあげるわ」
「……」
後部座席から返事はない。池崎は反応する気力もなくなっているようだ。
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