「数学ガール」って本、たくさん出てるんだけど、いったいどれから読めばいいの? ……という方は、 こちらをお読みください!
「数学ガール」って、どれから読めばいいの?
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
公倍数
僕「図を描いたら、公倍数も考えやすいかな」
ユーリ「こうばいすう」
僕「公倍数の定義はこうだよ」
$a,m,n$は整数とする。ここで、
$a$は$m$の倍数であり、しかも、$a$は$n$の倍数でもあるとしよう。
このとき《$a$は、$m$と$n$の公倍数である》という。
ユーリ「公倍数は知ってるけど……」
僕「《$2$と$3$の公倍数》を図にしてみようか。まずね、《$2$の倍数》と《$3$の倍数》をこんなふうに並べてみる」
ユーリ「……」
僕「そして、《$2$の倍数》と《$3$の倍数》の両方になっている数を見つけ出すと、公倍数の定義から、それが《$2$と$3$の公倍数》だね」
ユーリ「……」
僕「ね?」
ユーリ「お兄ちゃん! こーゆーのもいいんじゃない? あのね、《$2$の倍数》を縦線にして、《$3$の倍数》を横線にするの。そしたら、ぶつかったところが《$2$と$3$の公倍数》!」
僕「おお! ……え、ちょっと待ってよ、ユーリ」
ユーリ「おかしくないでしょ? だって、$2$と$3$の公倍数は、$0,6,12,18,24,30,36,\ldots$だし。《ユーリの図》にちょうど出てくるじゃん?」
僕「うん、それはいいんだけど……」
ユーリ「あー、同じ数があちこちに出てくるのが気になるの? しょーがないじゃん。たとえば$12$は、 $$ 12 = 2 \times 6 = 3 \times 4 $$ みたいに、いろんな掛け算のしかたができるもん」
僕「いやいや、それはわかっているよ。《$2$と$3$の公倍数》は《ユーリの図》でいいんだ。 気にしているのはそこじゃなくて、 もっと一般的に考えると、いったいどうなるかということ」
ユーリ「来たぞ来たぞ。《一般的に考える》]
僕「……」
ユーリ「じゃ、《$3$と$4$の公倍数》でもやってみる!
《$3$の倍数》は、$\UL{0},3,6,9,\UL{12},15,18,21,\UL{24},27,\ldots$
《$4$の倍数》は、$\UL{0},4,8,\UL{12},16,20,\UL{24},28,\ldots$
これの、両方に出てくる数を調べればいーんでしょ。
《$3$と$4$の公倍数》は、$\UL{0},\UL{12},\UL{24},\ldots$
だよね」
僕「……」
ユーリ「《ユーリの図》にしてみると……ほらー! やっぱり、うまくいくじゃん?」
僕「うん、そうだね。《$3$と$4$の公倍数》のときもうまくいく。でも、一般的に《$m$と$n$の公倍数》のときは、 《ユーリの図》ではうまくいかないんだよ。 たとえば《$4$と$6$の公倍数》でやってごらんよ」
ユーリ「へーい。
《$4$の倍数》は、$\UL{0},4,8,\UL{12},16,20,\UL{24},28,32,\UL{36},40,44,\UL{48},\ldots$
《$6$の倍数》は、$\UL{0},6,\UL{12},18,\UL{24},30,\UL{36},42,\UL{48},\ldots$
だから、ええと、
《$4$と$6$の公倍数》は、$\UL{0},\UL{12},\UL{24},\UL{36},\UL{48},\ldots$
になるよね。《ユーリの図》を描くと……」
ユーリ「ありゃ。ほんとだ。$0,24,48,\ldots$になっちゃう。《$4$と$6$の公倍数》になってない!」
僕「$12$が消えちゃったよね」
ユーリ「$36$も消えてる!」
僕「どうしてか、わかる?」
《ユーリの図》では《$m$と$n$の公倍数》が得られるとは限らない。 それはどうしてだろうか。 そして、どんなときに《$m$と$n$の公倍数》が得られるんだろうか。
ユーリ「えーと……」
僕「《ユーリの図》では何をやっていたかを考えるんだよ」
ユーリ「わかってるって!」
- $m$の倍数を縦線にして、
- $n$の倍数を横線にして、
- 縦と横の線がクロスしたところに、……あっ! わかった!
僕「わかった?」
ユーリ「そっか。縦と横の線がクロスしたところに出てくる数は、
《$m$と$n$の公倍数》
じゃないんだね。クロスしたところに出てくるのは、
《$mn$の倍数》
になっちゃうんだ!」
僕「そういうことになるね。ちゃんと式で書いてみようか。$0$以上の整数で考えることにするよ。 $m$の倍数を縦線にしたのは、 $$ 0m, 1m, 2m, 3m, 4m, 5m, \ldots $$ という数になるね。一般的に書くなら、$am$となる。$a = 0,1,2,3,\ldots$として」
ユーリ「ふんふん。だったら、$n$の倍数の横線は、$$ 0n, 1n, 2n, 3n, 4n, 5n, \ldots $$ という数で、一般的に書くと、$bn$という形だね。$b = 0,1,2,3,\ldots$として」
僕「そうそう。そして、クロスしたところに出てくる数は、$$ am \times bn = abmn $$ になる。$a$も$b$も$0,1,2,3,\ldots$の範囲を自由に動けるから、 $ab$も$0,1,2,3,\ldots$の範囲を自由に動ける。だから、 クロスしたところに出てくる数は、《$m$と$n$の公倍数》じゃなくて《$mn$の倍数》になる」
ユーリ「そっか。そーなるのかー。そもそも、《$m$と$n$の公倍数》と《$mn$の倍数》は違うんだ!」
僕「正確には、《$m$と$n$の公倍数》と《$mn$の倍数》は同じとは限らない、だね」
ユーリ「同じときもあるから?」
僕「そういうこと。《$2$と$3$》や《$3$と$4$》のときは同じになったよね」
ユーリ「でも、$4$と$6$のときは違う」
ユーリ「$12$が抜けてるし、$36$も抜けてる」
僕「そうだね。$12$がどんな形で書けるかを考えてみる。$$ 12 = 3\times\UL{4} = 2\times\UL{6} $$ だから、$12$は$\UL{4}$の倍数でもあるし、$\UL{6}$の倍数でもある」
ユーリ「ふんふん」
僕「でも、$12$や$36$は、$\UL{4}\times\UL{6} = 24$の倍数にはなっていない。だから、《ユーリの図》には出てこなかった」
ユーリ「そだね。……簡単だと思ってたけど、公倍数って意外と難しーね」
僕「難しい?」
ユーリ「公倍数って、結局《$4$の倍数》と《$6$の倍数》を並べて、両方に出てくるのを探すってことでしょ。めんどいじゃん」
僕「だから、《素因数分解》が大事になるんだよ、ユーリ」
ユーリ「そいんすうぶんかい」
素因数分解
僕「そうだよ。素因数分解。$4$という数があって、$6$という数もある。その数がどんな性質を持っているかを僕たちは調べたい。 深く調べたい。二つの数がどんな関係にあるかを深く、深く調べたい。 《$4$と$6$の公倍数》を求めるというのは、 数を深く研究するための第一歩でもあるんだよ!」
ユーリ「あっはい……盛り上がってるとこ悪いけど、そんで、素因数分解?」
僕「そうだね。$4$と$6$をただ眺めているだけでは何もわからない。 いまは倍数……つまり掛け算に関心があるんだから、 $4$や$6$をそれぞれ掛け算で表してみるのは自然な考えだね。 ある数を《素因数分解する》というのは、その数を《素数の掛け算の形で表す》ということ」
ユーリ「ふんふん。そだね」
僕「素数は、もう分解できない。もっと正確にいうと……素数は、$1$より大きな整数の積の形で表せない。 素数じゃない$6$は、$2\times3$のように積の形に分解できる。 でも、素数の$2$や$3$は、積の形に分解できない」
ユーリ「うん」
僕「だから《素因数分解する》っていうのは、《整数の積の形に分解しつくす》ということ。 それ以上はもう細かくできない! というところまでもっていくこと。 分解し尽くしてから、詳しく研究するんだね。 たとえば、$36$を$1$より大きな整数の積の形に分解していくと…… $$ \begin{align*} 36 &= 4 \times 9 \\ &= 2 \times 2 \times 9 \\ &= 2 \times 2 \times 3 \times 3 \\ \end{align*} $$ ……こうなる。そして$2\times2\times3\times3$より細かくは分解できない。$1$や$\frac12$を使えば別だけど」
ユーリ「$4$と$6$を素因数分解したら、$4 = 2\times2$で、$6 = 2\times3$でしょ?」
僕「そうだね。《$4$と$6$の研究》をするとき、$$ 4 \quad\text{と}\quad 6 $$ を見比べるだけでは、何もわからない。でも、 素因数分解して、 $$ 2\times2 \quad\text{と}\quad 2\times 3 $$ を見比べてみると、共通な……」
ユーリ「あっ、お兄ちゃんが言いたいこと、わかったかも。$2\times2$と$2\times3$だと両方に$2$があるよね? そゆこと?」
僕「そうだね。$2\times2$と$2\times3$では両方に共通の素数がある。この場合は$2$だね。共通の素因数があるわけだ。 $4$と$6$には、$2$という共通の素因数がある。だから、 《$4$と$6$の公倍数》と《$4\times6$の倍数》は違うものになるんだ」
ユーリ「んっ……」
彼女の栗色の髪が金色に輝く。
ユーリがこのモードに入ると同時に、僕も口を閉じる。
彼女の思考を邪魔しないようにするために。
《思考の空間》は《沈黙の尊重》によって生まれる。
僕「……」
ユーリ「お兄ちゃん! わかった!」
僕「うん、ユーリはずっと何を考えていたんだろう」
ユーリ「いろいろ!」
僕「なるほど、いろいろね」
ユーリ「$4$と$6$には共通の素因数$2$があるでしょ。そんとき、どーして《$4$と$6$の公倍数》と《$4\times6$の倍数》は違うのか、わかったよ!」
僕「ふむふむ?」
ユーリ「その$2$がだぶるからなんだね! なーるほどー」
僕「そうだね。ユーリの話、もっと聞きたいな」
ユーリ「お兄ちゃん、素因数分解のこと言ってたじゃん? 《$4$と$6$》のまま考えるんじゃなくて、 《$2\times2$と$2\times3$》にして考えるの。 素因数分解すると詳しく研究できる」
僕「うんうん」
ユーリ「だから、ユーリはね、《$4$と$6$の公倍数》を素因数分解することを考えてたの」
僕「なるほど!」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)