慣れない取材を終えた後は、
渋谷のラブホテルに、
たった一人で泊まる。
ビジネスホテルよりも安く、
中は、広くて快適だから、
上京した際は、出版社の金で、
ラブホテルに一人で泊まる。
翌日、起きて向かった先は、渋谷のTSUTAYAだった。
スクランブル交差点をうつむいて、歩く。
東京に住んでいた頃、
この街は、何度も僕を死にたくさせた。
「明日の神話」だけが心の拠り所だった。
休日、時間ができると、ただ「明日の神話」を見に行った。
あの砂嵐が渋谷の中心で渦巻いているのを見ると、
自分がこの世界に紛れ込んでいるのを許されたような気がした。
その道中すれ違う人達は、みなオシャレで、キラキラしていて、
その一方で、僕はというと、
アルバイト先のユニホームのまま、ボロボロの格好をしていた。
それは、29歳になった今も、変わらない。
僕は、あの地点から、4つ、年を取っただけの、
相変わらずダサくてミスボラシイ男。
そいつが、TSUTAYAに入っていく。
僕は未だに、この街を直視することができない。
カップルも、オシャレも、美女も、イケメンも、視界に入るな。
存在していること自体が、暴力だ。
オシャレなんて概念がない世界に、生まれていたら、
どれだけ楽だっただろうと思う。
いつからか、この街を、
うつむいて歩くようになった。
ずっと、人々の足元だけを見ている。
TSUTAYAの一番上の階にある、本屋に行く。
次に顔を上げて、見た光景に、僕の世界は、ひっくり返った。
『笑いのカイブツ』が、ランキングの7位にあった。
刺せた!
瞬間的に、僕の頭の中に、浮かんだイメージは、こうだ。
ジェット機に変身した僕が、渋谷TSUTAYAのビルにぶっ刺さる。
あたりは砂嵐に包まれ、スクランブル交差点は大パニック。
大混乱する人混みを、僕はうつむきながら抜け出す。
初めて、ケータイ大喜利で、ネタが読まれた夜。
それでも、途方に暮れていた朝。
初めて、アメト——クで、名前を言われた夜。
それでも、苦しくて、仕方がなかった朝。
初めて、TVのゴールデンでネタが流れた夜。
それでも、どうしようもなかった朝。
そして、訪れる。
初めて、渋谷に、砂嵐をぶっ刺した夜。
祝杯をあげるために、
コンビニで、酒を買い、
「明日の神話」の前に立つ。
通り過ぎていく人々。
その絵を見ているのが、僕だけなのは、4年経っても、同じだ。
酔ってフラフラになった僕は、通りすがりのカップルに、ぶつかりそうになった。
大きな目をした女が、男の腕をつかみながら振り返り、唇をこう動かした。
「き っ も 〜」
その言葉、一発で、現実に引き戻された。
受け入れられたのは、あの作品だけだった。
初めて、この街に受け入れられたことがうれしくて、
「明日の神話」を見ながら、酒を飲む。
それは、この街にとっては、キモいことなんだと、道行く女から、教えられた。
あの絵を素通りすることが、この街の普通。
初めて、渋谷に、砂嵐をぶっ刺した夜。
それでも、何も変わらなかった朝。
僕は、2年ぶりに、
〈アナタ〉と呼んでいた彼女の家に、本を届けに行くことにした。
彼女の家の前で、インターホンを押す。
2年ぶりに、何を話そう?
本当にいろんなことがあったよ。
読んだ人は、みな、アナタを素敵な人って、言ったよ。
あの頃、言葉にできなかった想い。
それをすべて、形に変えた。
だから、読んでくれ。
そんなことを頭の中で、反芻していたら、
ドアが開いて、玄関から、男が出てきた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。