都市か田園か
一方で近代の新しい都市生活は、きわめて劣悪でした。たとえば17世紀から19世紀にかけてのロンドンは、劣悪な生活環境、ひどい貧富の差、都市への人口集中。都市生活というものの残酷なまでの恐ろしさが縦横に発揮された時代です。
『ロンドン庶民生活史』(ミッチェル/リーズ、みすず書房)という本には、このころのロンドンがどのようなものだったのかが描かれています。
同書によると1613年、ロンドンには水道が完成していました。しかし人口集中によって水質は年々悪化。川床には汚物が堆積するようになりました。水質に無頓着なロンドン市民が、おかまいなしに汚物やゴミを住宅のドアから川へと投げ込んだからだそうです。テムズ川の水はもともとは緑がかったコーヒー色だったのが、河口のあたりでは「黒い糖蜜のような色と濃さに深まり、干潮時に露出する泥の岸は粘っこい浮きかすで覆われた」のだそうです。気持ち悪いですね。
1858年の夏は、「大悪臭」の年として歴史に遺っています。夏の酷暑のうえに雨が異常に少なく、テムズ川からは信じられないほどの悪臭がたちのぼりました。ウェストミンスターの国会議事堂はテムズ川の河畔にあったので、議会さえ開けず、呼吸できるように議事堂の窓を石灰の漂白剤に浸したカーテンで覆う対策がとられたほどでした。雲ひとつなくロンドン以外では快晴だった日でも、暖炉から出る煙がロンドン中を覆って濃霧のようになっていたのです。
ロンドンの集合住宅の貯水槽には水道がつながっていましたが、下水の汚物が薄められてポンプで送り込まれていた状態だったそうです。きれいな水が飲めるようになったのは、20世紀まで待たないといけませんでした。1903年に首都水道局ができてようやく水道の水質問題は解決したのです。
このような酷い都市生活は産業革命によって加速しましたが、もともとはスチュワート朝やチューダー朝からの都市の問題が顕在化したのだと『ロンドン庶民生活史』は指摘しています。
18世紀の後半には、フランスの政治思想家ジャン・ジャック・ルソーが『エミール』(岩波文庫)の中で都市を痛罵しています。
人間はアリのように積み重なって生活するようにつくられていない。かれらが耕さなければならない大地の上に散らばって生きるようにつくられている。ひとつところに集まれば集まるほど、いよいよ人間は堕落する。弱い体も悪い心も、あまりにも多くの人がひとつところに集まることによって生じるさけがたい結果だ。人間はあらゆる動物の中で、群れをなして生活するのにいちばんふさわしくない動物だ。
この後に、よく知られている「都市は人類の堕落の淵」という名言が出てきます。
都市は人類の堕落の淵だ。数世代ののちにはそこに住む種族は滅びさるか、頽廃する。それを新たによみがえらせる必要があるのだが、よみがえりをもたらすのはいつも田舎だ。だから、あなたがたの子どもを田舎へ送って、いわば自分で新しくよみがえらせるがいい。
ルソーのこの都市のとらえかたはかなり極端で、劣悪な居住環境だった当時の都市のイメージがどのようなものだったかを象徴しています。とはいえこの都市蔑視思想がいまにいたるまで人気を保ってきているのも事実です。つねにわたしたち自身の中には「都市は堕落している。本来のわたしたちの生きかたは自然たっぷりの田園にあるはずだ」というアウトサイダー的な反逆クールがひそんでいるということなのかもしれません。
ほんとうに自然にやさしい暮らしとは
アメリカの経済学者エドワード・グレイザーは著書『都市は人類最高の発明である』(NTT出版)で、ルソーに反論して「都市こそは、人類を最も輝かせる共同作業を可能にする」と指摘しています。
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