自分たちの手で暮らしをつくりたい——「タイニーハウス」
房総半島の東側、外房の太平洋沿岸。
海岸から少し内陸に入ると、静かな田園地帯が広がっています。この一角の気持ち良さそうな場所に、とても小さな家を建てて家族4人で暮らしている鈴木菜央さんという人がいます。
鈴木菜央さん
「建てて」というのは正確にいえば、ちょっと違う。菜央さんの家は、もともと彼の友人が房総の北の方の街で住んでいたトレーラーハウスだったのですが、譲り受けていまの場所まで運んできたのです。広さは35平方メートル。いくら子どもが小さいといっても、ここに4人で暮らしているのはちょっとびっくりです。
菜央さんは、持続可能な社会をつくっていこうという活動をしている「グリーンズ」というNPOの代表です。以前は雑誌「ソトコト」の編集者を務めていたこともあります。
いまのトレーラーハウスに引っ越すまでは、同じいすみ市の中で150平方メートルもある大きなログハウスに住んでいました。目の前に川があって緑も多く、まるでアマゾン川のほとりのような雄大な景色を楽しめる家でした。
でも「もっと楽しい暮らしって何だろう」と考えたときに、それはお金にものを言わせて大きな家に暮らすことではない、と菜央さんは気づいたそうです。
彼はこう話します。
「僕にとっての楽しい暮らしは、暮らしをできるだけ自分たちの手でつくること、エネルギーをなるべくつかわないこと、友人たちとたくさんつながること。そのような暮らしをずっとしたいと思っていました。そしてみんなで面白がれて、毎日旅に出るような気持ちになれる暮らしかたはないかなと考えてたんです」
グローバリゼーションが世界を覆っていき、さらに2008年にリーマンショックが起きて、米国では「がんばって仕事すれば、みんなが庭付きの一戸建てとクルマを持てる」というような中流の夢がだんだんと壊れていきました。そういう中で、もっと生活を見直して、モノを所有せずにシンプルに暮らし、鉄の扉の大きな家から出て、小さな家と仲間たちとのつながりを大事にしようという動きが起きてきます。これを「タイニーハウスムーブメント(小さな家の運動)」といいます。
菜央さんはこのタイニーハウスムーブメントに触れ、「これだ」と感じました。そうしてタイミング良く友人がトレーラーハウスを手放そうとしていることを知り、いまの家に移ることになったのです。
小さなリビングとキッチン、6畳ぐらいの寝室、それに天井のとても低いロフトが2部屋。浴室とトイレ。菜央さんの小さなトレーラーハウスにはテレビも炊飯器も電子レンジもなく、冷蔵庫もすごく小さなタイプしか置いてありません。
買い物は近所の野菜の直売所とスーパーマーケットですませますが、その都度買ってきたものを食べるので、冷蔵庫はほとんど必要ない。野菜は冷蔵庫に入れるよりも、立てておく方が鮮度が保てるし、葱だったら土をかぶせて置いておけばいい。味噌や醤油も自分でつくっているそうです。
菜央さんはこう言います。
「前に大きな家に住んでいたときは、家族のできごとがすべて家の中で起きていたし、人が来るときも大掃除をしなければならないので、たいへんでした。でもいまの家は小さいから、家の中でできることが少ない。だから外に出ていくようになって、外の庭でパーティーを開いたり、遊んだりするようになった。だんだん家が開かれていく感じがしていますね」
鉄の扉に閉ざされた内側だけが家ではなく、家は外に開かれている。「街で暮らす」という感覚が、ここでも共鳴しています。
公と私をゆるやかにつなぐ境界
そしてこれは、近代日本にはなかった新しい住まいの感覚です。しかしそれと同時に、実は古代から続いてきた伝統的な住まいのスタイルへの回帰でもあるのです。
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