「数学ガール」って本、たくさん出てるんだけど、いったいどれから読めばいいの? ……という方は、 こちらをお読みください!
「数学ガール」って、どれから読めばいいの?
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
$ \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} $
自然数
ユーリ「ねーお兄ちゃん。お兄ちゃんだったら『$1$とは何か』と聞かれたら、何て答える?」
$1$とは何か。
僕「また出し抜けに……」
ユーリは中学生、僕よりも三歳年下のいとこである。
彼女は近所に住んでいて、休みになるといつも僕のところに遊びにくる。
今日もやってくるなり、僕にクイズを出してきた。
$1$とは何か……
ユーリ「『しかし、そのとき、まだ彼は知らなかった。その何気ない問いが、異世界への扉を開くことになろうとは……』」
僕「異世界転生ラノベを始めるなよ。それから地の文へのツッコミ自重」
ユーリ「ちぇっ」
僕「……それで『$1$とは何か』が問題なんだね」
ユーリ「ねーねー、ユーリの答え、聞きたい?」
僕「はいはい。ユーリの答えは?」
ユーリ「『$1$とは、いちばん小さい自然数である』ってゆーの」
僕「なるほど。自然数は$1,2,3,\ldots$という数のことだから、$1$はその中でいちばん小さい。それはまあ、正しいね」
$1,2,3,\ldots$のような数を自然数という。
ユーリ「え、なんで《まあ、正しい》なの?」
僕「ユーリの答えは、自然数というものがすでに定義されているという仮定を置いているからね」
ユーリ「そんなこといったって、何にも仮定しなきゃ、何にもいえないじゃん?」
僕「確かにそれはそうだ。だから《まあ、正しい》っていったんだよ。 学校では自然数は$1,2,3,\ldots$と習うけど、 数学の本の中には、自然数に$0$を含めて、 $0,1,2,3,\ldots$が自然数だと定義しているものもあるよ」
ユーリ「へー、そーなんだ。まぎらわしいね」
僕「数学の本では、初めに『この本ではどのような数を自然数と呼ぶか』をきちんと定義しているから、まぎらわしくなることはないよ。 それはそれとして、ユーリの答えは『$1$とは、いちばん小さい自然数である』なんだね」
ユーリ「そだよん」
僕「そのクイズ、『$1$とは何か』というクイズはユーリが考えたの?」
ユーリ「あのね、中学に入学したばかりのときにね、最初の数学の授業で先生が聞いたんだよ。クラスのみんなに」
僕「そうなんだ」
ユーリ「数学の授業の、いっちばん最初に、『ではみなさんは、$1$というものがほんとうは何かご承知ですか』 っていってた」
僕「『銀河鉄道の夜』みたいに?」
ユーリ「『銀河鉄道の夜』みたいに」
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
僕「なるほどねえ……もしかしたら『$1$を問う』というのは、数学の最初の授業にふさわしいことかもしれないね。 中学校に入学して、算数が数学になって、最初の問いかけ……うん、$1$番目の問いかけだ」
ユーリ「そんで、一人一人、順番に答えさせられたんだよ」
僕「そのときユーリは、さっそうと『$1$とは、いちばん小さい自然数である』って答えたの? かっこいいな!」
ユーリ「んにゃあ……てわけじゃないんだけど。パッと答えられなかった。 でもね、他の人は、いろいろ答えてた。 《最初の数》とか《いちばん小さい数》とか《自然数》とか《整数》とか…… そだそだ、お兄ちゃんだったら『$1$とは何か』って聞かれたら、何て答える?」
僕「『$1$とは何か』……そうだなあ、なんて答えるだろう」
ユーリ「わくわく」
僕「そもそも『$1$とは何か』っていう問いは何を尋ねてるんだろうか。
- $1$という数は、どのように定義されているか
- $1$という数は、どのような性質を持っているか
それとも……いったい、なんだろうね。 確かに、パッと答えるのは難しいよ。 考え込んでしまいそうだなあ」
ユーリ「あっ、お兄ちゃんでもそーなんだ」
僕「たとえば、『日本の首都はどこか』と聞かれたら『東京』ってすぐに答えられるだろ? それは、答えを知っているから。日本の首都は東京だと覚えているから。 でもね、もしも『東京とは何か』と聞かれたら、いったい何を尋ねているんだろうかと考えてしまうよ」
ユーリ「にゃるほどー……いろんな答えがありそーだにゃ」
僕「うん、でも、最初の授業で『$1$とは何か』を聞いた先生は、正しい答えを聞きたかったわけじゃないと思うな」
ユーリ「は?」
僕「先生はきっと、$1$のことを心に思い浮かべてほしかったんだよ。クラスのみんなにね」
ユーリ「おー、なんという教師目線! そんでそんで? お兄ちゃんだったら『$1$とは何か』にどう答える? ユーリはもう答えたよ。さあさあさあさあ……」
僕「迫ってくるなよ。僕が思いついたのは『$1$とは、方程式$$ x^2 = x $$ を満たす正の数のことである』……という答えなんだけど、いまいちかな」
ユーリ「いきなり方程式とか持ち出すんだ」
僕「うん。できるだけ何も仮定しないで、$1$というものが何かいえないかな、と思ったんだよ。《$x^2 = x$を満たす$x$》というのは《$2$乗しても自分自身のままの数》ってことだよね。 だから、自分を使って自分を定義できると考えた。 でも、$x^2 = x$を満たすのは$x = 1$だけじゃなくて、$x = 0$も満たしちゃうから、 だから《正の数》という条件を付けたんだよ。 自分自身で自分を定義できるっておもしろいから」
ユーリ「ふーん……何だか変なの。だって『$1$とは何か』に答えるのに《$2$乗》を使うっておかしくない? 自分で自分を定義とか言いつつ、$2$を使ってるじゃん。$2$が使えるなら、 『$1$とは、$2$を$2$で割った数』でもいーじゃん?」
僕「おっと! 確かにユーリのいう通りだな……いやいや、ちがうよ。$2$という数を使うんじゃなくて、$xx = x$という方程式だと考えればいいんだ。 『$1$とは、自分自身と掛け算しても変化しない正の数である』として$1$を定める。 これなら$2$という数は出てこないだろ?」
ユーリ「ほほー……そー来ましたか。いやいや、だめですぜ。お兄ちゃんが出してきた《正の数》って条件は《$0$より大きい》って条件でしょ? だったら、 $2$は出てきてないけど、今度は$0$を出してきてるわけじゃん」
僕「うーん、ごもっとも。『$1$とは何か』に答えるのは、なかなか難しいな」
ユーリ「作ったことあったよね」
僕「何を?」
ユーリ「数! 何もないところから、$0,1,2,3,\ldots$って数を作ったじゃん。 《ノイマンの方法》で」
僕「ああ、そうだったね(第151回 3を作ろう(前編)参照)」
整数
ユーリ「$1,2,3,\ldots$が自然数で、$\ldots,-3,-2,-1,0,1,2,3,\ldots$が整数だよね」
僕「そうだね」
$\ldots, -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3, \ldots$のような数を整数という。
ユーリ「ふんふん」
僕「《例示は理解の試金石》だから、具体例を作ってみよう」
ユーリ「$0$は整数である……とか?」
僕「そうそう。$-17$は整数である。$2501$は整数である」
ユーリ「$2501$ is 何」
僕「整数である具体例だけじゃなく、整数ではない具体例もね」
ユーリ「$0.5$は整数じゃない……とか?」
僕「そうだね。$\frac{17}{2}$は整数ではない。$250.1$も整数ではない」
ユーリ「円周率$3.1415926535\cdots$も整数じゃない」
倍数
僕「整数を決めてしまえば、倍数は難しくないね」
ユーリ「$2$の倍数は、$$ \ldots, -6, -4, -2, 0, 2, 4, 6, \ldots $$ とか」
僕「そうだね。$3$の倍数は、$$ \ldots, -9, -6, -3, 0, 3, 6, 9 \ldots $$ だね」
$3$の倍数
ユーリ「ふんふん」
僕「《$2$の倍数》はどれをとってみても、$$ 2\times\text{整数} $$ という形で書けるよね。こんなふうに」
ユーリ「そだね。《$3$の倍数》は、$$ 3\times\text{整数} $$ という形」
僕「そうだね。一般化して《$m$の倍数》を定義できる」
ユーリ「出たな一般化」
僕「《$m$の倍数》というのは、$m\times n$つまり$mn$という形で表せる数と定義できる」
ユーリ「《$m$の倍数》は簡単だよねー」
僕「そうかな?」
$a, m$は整数とする。ここで、 $$ a = mn $$ という等式を満たす整数$n$が存在するとしよう。
このとき《$a$は、$m$の倍数である》という。
ユーリ「要するに《$m$の倍数》は$mn$だってことでしょ? 簡単じゃん。何が難しーの?」
僕「《例示は理解の試金石》だから、具体例を作ってみようか」
ユーリ「$6$は$3$の倍数である。以上!」
僕「じゃあ、こういうクイズはどう?」
$6$は$3$の倍数である。それはなぜか。
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)