じゃあ、うんこって叫んでみて」とコアラのぬいぐるみは言った

タイムカプセルを掘り起こすため、ぬいぐるみのムッシュを連れ出かけた星太朗。道中、子どものころ、大人になると体は大きくなるが心は小さくなるとムッシュが言っていたことを思い出し、今の自分は心が小さいかどうか、ムッシュに問いかける。すると、ムッシュはびっくりするようなことを言ってきた。
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別先行掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

 ⑦タイムカプセルを開ける


 数日後の午後、星太朗は久しぶりにムッシュをリュックに入れて家を出た。

「ねぇ、僕の心って、小さくなった?」

 振り返らずにそう聞くと、半開きのリュックからムッシュが顔を出す。

「なんで?」

「タイムカプセル、埋めたときに話してたでしょ。憶えてる?」

「あぁ、そうだっけ」

 ムッシュはぼそりと言って、少しの間考える。

「じゃあ、うんこって叫んでみて」

「はぁ?」

 大きな声を出してしまい、慌てて振り返る。幸い周りには誰もいないようだ。ほっとした瞬間、ムッシュがその数倍の大声を上げた。

「うんこ!!」

「ちょっ、やめろって!」

 星太朗はリュックを前に回してムッシュを押し込む。

「って叫べないの?」

 押しつぶされても、ムッシュは楽しそうだ。

「無理に決まってるだろ!」

 星太朗が怒ると、ムッシュはつまらなそうにぼやいた。

「あー、小さいね。それに硬くなってる。うさぎのうんこみたいだね。昔のせいたろなら、喜んで叫んでたのに」

 たしかに、子どもの頃は一緒に叫び合っていた。だだっ広い空き地で。団地と団地の間で。ときには自転車を飛ばしながら。うんこと言うだけで、どうしてあんなに面白かったんだろうか。今では不思議でたまらない。

 だけどそう思っていること自体が、大人になってしまった証なのかもしれない。

「まぁ、それなら、心が小さい大人で結構です」

 小声で否定しているうちに、目的の場所に到着した。

 ……はずだった。

 タバコ屋の隣。草がぼうぼうだった空き地に、立派なマンションが建っていた。現代的という言葉を体現したかのような、スタイリッシュな佇まい。そこに昔の名残は何一つ無い。

「……ここだよね」

「うん……」

 これにはムッシュも驚きを隠せないようだ。

「……どうしよっか」

「大人なんでしょ? どうにかしてよ」

 憎たらしいことを言ってくるので、星太朗は素直に腹が立った。

「うんこ」

 むすっとした声を出す。

「え?」

「うんこ!!」

 大人びたマンションに、星太朗の叫びがこだました。

「これいいね。二人で二十六万八千円。燃油サーチャージ込み!」

 ムッシュはババ抜きをしながら、旅行会社のチラシをめくっている。

「いや、二人って。ムッシュはリュックの中だろ」

「えー。やだなぁ、密入国は。ぼくの席もとってよね。貯金たんまりあるんだから」

 ムッシュの言う通り、星太朗はけっこうなお金を貯めていた。給料こそ自分の年齢の平均よりも低いが、この団地のおかげで家賃はかからない。趣味は読書だけだし、服はユニクロばかり。食べ物にこだわりもないので、お金は貯まる一方だった。そのうえ、今でも半年ごとに数十万円、本の印税が入ってくる。

 星太朗もムッシュも、その通知を見るのが楽しみだった。お金が貯まるからではない。どこかの誰かがお母さんの本を読んでくれていることを実感できるからだ。

「じゃあ、ビジネスクラスにしちゃう?」

 ムッシュがむくっと起き上がるが、星太朗は相手にしない。

「いいよ、そんな贅沢な」

「じゃあファーストクラス!」

「いや、ランクアップしてるし」

「じゃあ」

「いいって、エコノミーで」

「ケチ」

 ムッシュはペアになったトランプを投げ捨てる。

「じゃあふかふかのリュックを買ってあげるよ」

「え、ほんと?」

 星太朗はふざけた様子だったが、ムッシュは子どものように目を輝かせた。

「あ、見て見て、天体観測ツアーだって!」

 チラシに、まるで合成のような星空が載っている。

「マウナケア山だ。ここだよ、世界一の星空は」

 ムッシュはそれをうっとり見つめながらカードを引く。星太朗の顔をろくに見てもいないのに、やっぱりババは引かない。

「真剣にやってよ」

 星太朗がカードを引き、残りが二枚になる。6か、ババ。

「ぼくはいつだって真剣だよ」

 ムッシュがすっと手を伸ばして、当たり前のように6を引く。

 星太朗の手に、またしても笑うムッシュが残った。

 壁に棒線を足すと、星ができあがる。五本の線で完成した五芒星。昔から二人はこんなふうにして「正」の字の代わりに星で数を数えていた。

「一番星のできあがり~」

 ムッシュはこれでもかというくらいに胸を張って、きらきら星を歌い出す。

 星太朗は悔しさを隠すように、パンフレットの星空を見つめていた。


次回の更新は、5月22日(月)です!


話すぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語!


『さよなら、ムッシュ』片岡翔

この連載について

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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