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何年も使っていないのに、トランプはすぐに見つかった。ムッシュが自分のお道具箱に大事にしまっていたからだ。
③ババ抜きでムッシュに勝つ
子どもの頃、二人の遊びといえばトランプだった。
当時はプレイステーション全盛時代。子どもたちは外で遊ぶことを忘れ、誰もがその圧倒的な映像の虜になっていた。けれど、星太朗はそれを欲しがらなかった。
ムッシュの手はプレステどころか、ファミコンのコントローラでさえ操作できないからだ。
だから家での遊びはたいていトランプだった。たまに人生ゲームをやろうよと星太朗が言うと、ムッシュはいつもこんなことを言った。
「たしかに人生はゲームみたいなものだけど、人生を勝ち負けで判断するのは嫌いだね」
当時は意味がよくわからなかったが、今だとそれがよくわかる。
ムッシュは生まれたときから、大人のような、でも大人でも言わないようなことを教えてくれた。
けれどもちろん大人ではないし、その行動は子どもっぽいところだらけ。その一つが、勝ち負けにとても執着することだった。
トランプのなかでもとりわけババ抜きをよくやったのは、きっとムッシュがべらぼうに強いからだ。べらぼうなんて言葉を星太朗は使ったことがないけれど、初めてその言葉を知ったとき、ふと、ムッシュのババ抜きの強さを思い浮かべていた。
両手に一枚ずつしかカードを持つことができないムッシュは、トランプを床に広げてペアを探す。その間、星太朗は背中を向けているのが決まりだ。ムッシュがトランプをうつ伏せに並べ、「いいよ」と言ったら星太朗が振り返る。
そんな、幼い子どものようなやり方なのに、ムッシュはそれはもう、べらぼうに強かった。星太朗はどうやってもムッシュに勝つことができなかった。
星太朗のカードがババを含めて二枚になると、ムッシュは100%の確率で数字のカードを引き当てた。逆に、ムッシュがババを持っていた場合は、100%の確率で星太朗にババを引かせた。何百回、何千回やっても勝てないので、ムッシュに透視能力があるんじゃないかと疑ったことさえあった。
「そんな能力があったら、ぼくはテレビに出てスターになるね」
ムッシュはそう言ってぷぷっと笑った。
「いや、今のままでも」
星太朗はそこまで言いかけて口をつぐんだ。
ムッシュが調子に乗るからだ。
それに、みんなのスターにはなってほしくなかった。
久しぶりに床に並んだカードを見て、星太朗はムッシュが成長していないことを実感する。自分は歳をとるにつれて、カードが小さくなっていった。けれどこの二十年、毛並みはぼさぼさになったものの、ムッシュの体はずっと同じまま。そう考えると、少しだけ愛らしく思えてくる。
床に十枚並んだカードのうち、右端を選んで引くと、
「はい、おめでとー」
ムッシュがけけけと笑った。
早くもババだ。
それは、予備で入っていた白紙のカードを使って、ムッシュが自分で作ったババで、憎たらしく笑う自画像が描かれている。星太朗はつい数秒前に愛らしいと感じた自分をはたきたくなった。
ババ抜きは二人でやると、ババさえ引かなければペアができてしまう。おまけに、誰がババを持っているのか? という楽しみも無い。ただでさえ単純なゲームなのに、二人でやると輪をかけてあっさりと、あっという間に終わってしまう。
すでに星太朗のカードは残り二枚。ムッシュは一枚で、次はムッシュが引く番だ。星太朗は右手にエース、左手にババを持っている。視線はムッシュの方へ。カードは見ないようにする。
もう昔の僕とは違う。
星太朗はそう念じながら、呼吸に気をつけて平静を保つ。
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