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久しぶりに聞いたその名前は、忘れたくても忘れられない。
それは、中学一年の夏のこと。
菜々絵ちゃんとの一件から、星太朗はムッシュを学校に連れて行くのをやめた。その甲斐あってかいじめは徐々になくなり、中学に入ると、そんな忌まわしい経歴もリセットされた。
星太朗はどこにでもいる大人しい中学生として、それなりに学校を楽しんでいた。
そんなある日、靴箱にピンクの封筒が入っていることに気付いた。靴の踵を踏んだまま、昇降口を出て校舎裏へ走る。周りに誰もいないことを確認すると、息を吐いて封筒を見つめる。星形のプリズムシールをはがして開けると、うすピンクの便箋に、丸っこい字が並んでいた。
『今日の5時にタコ山で待っています。p.s.誰にも言わないでね』
その下には、控えめに『あやか』と書かれていた。
星太朗は脳をフルスピードで回転させて、『あやか』を検索する。ひっかかったのは同じクラスの足利あやかだけ。テニス部で、日焼けした肌にショートカットが似合う、わりと可愛い女の子だ。
全速力で家に帰り、ムッシュに手紙を見せる。
「どう思う?」
「どうって、間違いなく告白だよね」
「え、やっぱり、そうかな……」
「そうだよ」
ムッシュが自信満々なので、星太朗は嬉しくなる。と同時に、心臓がばくばくと動き出した。居ても立ってもいられなくなり、ムッシュをリュックに入れて家を出る。一人じゃとても心細かった。
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