童貞歴が27年にもなるほど可哀想な容姿ではない

クラブで怖い女子から逃げ出した星太朗だが、彼が女子を苦手になった原因は、話すコアラのぬいぐるみ・ムッシュにあるという。実はまあまあなイケメンである星太朗。けれども彼女ができず童貞歴も更新中なのは、小学生のころ、苦い初恋を経験したからであった……。
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別先行掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

 こんなふうになったのは、もちろんムッシュのせいだ。

 自分で思うのもなんだが、星太朗は童貞歴が二十七年にもなるほど可哀想な容姿ではない。

 オシャレとはほど遠いが、無難な服を選ぶし、清潔さには人一倍気を付けている。背も低くないし、太ってもいない。髪には気を遣わないが、寝ぐせは毎朝必ず水で直す。高校のときから替えていない丸眼鏡は、最近では一周回って流行っているようだし、それを外せば意外と悪くない、というより中の上くらいの顔がある。

 それでも今まで女子との交際に無縁だったのはやはりこの性格のせいで、そんなふうになったのは他の誰でもない、ムッシュのせいだと思っていた。

 星太朗はもともと、女子が得意ではない。でもそれは引っ込み思案でちょっと奥手、という程度の可愛いものだった。

 初恋だって小学三年のときで、わりと早い方だ。相手の名前は忘れもしない、水崎菜々絵ちゃん。学年一の美少女で才女、クラスのマドンナだった女の子だ。

 当時の星太朗は、大滝というガキ大将と、そのとりまきの男子たちからいじめられていた。

「うおっ、なにこのぬいぐるみ!!」

 掃除の時間に、大滝が星太朗のランドセルからムッシュを取り出して、ぶんぶんと振り回した。

「こいつ、ぬいぐるみなんか持ってきてる! 男のくせに!!」

 星太朗が焦って取り返そうとすると、大滝たちは面白がってムッシュを投げ合った。

「やめてよ!!」

 叫べば叫ぶほど、男子たちはムッシュを乱暴に投げ回す。

 ムッシュは逃げ出したい気持ちをぐっと抑えて、ぬいぐるみのふりをしている。だが星太朗の耳には、「助けて!」という悲鳴が聞こえていた。

 追い回しても、パスを回されて取り返すことができない。だんだんと、星太朗の目に涙が溜まっていく。

 そのとき、ガラリとドアが開いてきれいな声が響いた。

「やめなさいよ」

 それが菜々絵ちゃんだった。

 彼女に睨まれると、大滝といえども逆らうことはできない。ふてくされてムッシュを渡すと、菜々絵ちゃんはぽんぽんとムッシュの頭をなでて、星太朗に返してくれた。

 すると星太朗の目から、こらえていた涙がこぼれてきた。

 つぶされた跡が残っているムッシュ。それがすごく可哀想だった。

「あーあ、泣かしちゃった」

 女子の誰かがそう言うと、大滝たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 菜々絵ちゃんがハンカチを差し出してくる。

「ありがとう……」

 受け取って涙を拭くと、イチゴの香りがした。

 それが、星太朗の初恋のきっかけだった。

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 3年弱前 replyretweetfavorite