女子と塩ビ板以上の関係になるためには?

コアラのぬいぐるみ・ムッシュが勝手に書いた、「女子と塩ビ板以上の関係になる」という星太朗の夢。それを叶えるため、怖気づく星太朗を無理やり連れていったのは、渋谷にあるクラブだった。「男と女に、好きっていう感情はいらない」とムッシュは言うが、果たして、この場で塩ビ板以上の関係になれる女性は現れるのか……!?
ぬいぐるみと出版社校正男子の切なさMAXの友情物語小説『さよなら、ムッシュ』を特別先行掲載!
イラストは、なんと松本大洋さんの描きおろし!

 ムッシュも黙って何かを考えていたが、星太朗と目が合うと、堰を切ったように笑い出した。星太朗もそれにつられて笑ってしまうが、すぐに我に返ってムッシュを睨みつける。

 するとムッシュは目を逸らして、音を立てずにマジックを掴んだ。


 ⑨女子と塩ビ板以上の関係になる


「何だよそれ。いいって、べつに好きな子とかいないし」

「べつに好きじゃなくてもいいよ」

 間髪入れずにムッシュが言う。

「いや、ダメでしょ」

 星太朗は座卓の引き出しから修正液を取り出すと、カタカタ振ってからキャップを外す。

「お子様だなぁ」

 ムッシュがまた悪い顔になった。

「は?」

 手を止めて振り返ると、ムッシュはどこか遠くを見つめ、ダンディな声で囁いた。

「男と女に、好きっていう感情はいらないんだよ」


 暗闇にいくつもの閃光が走り、その点滅に合わせて、低く重たい音が響いている。文字通りの重低音は耳だけじゃなく、体の内側をバットで殴るように攻撃してくる。

 星太朗はそれにつぶされそうになりながら、音は空気の波だということを初めて実感していた。

 ここは渋谷の谷底。東京有数の谷の、さらに地下深くにあるクラブだ。

 狂ったような騒音と、目がくらむ照明のなかで、男女が一心不乱に踊っている。大勢の人間がいるはずなのに、不思議と二種類の人間しか目に映らない。男と、女。皆外見が似通っており、それ以外の判別は不可能だった。

 星太朗は脅えながら、壁にぴたりと背中を付けて、遠巻きにその様子を眺めていた。心臓を守るように抱えている茶色の紙袋には、二つの小さな穴が開いている。ムッシュのための覗き穴だ。

 星太朗がムッシュを連れてきたように見えるが、そうではない。星太朗をこんな場所に連れてきたのは、もちろん袋の中のムッシュである。

 その理由は一つだけだ。


 ⑨女子と塩ビ板以上の関係になる

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さよなら、ムッシュ

片岡翔

あの日。気がついたら、その子は話しはじめていた。コアラのぬいぐるみのはずなのに。 それ以来、彼はそのことを20年間秘密にして、生きてきた――。 気鋭の新人映画監督・片岡翔が初めて小説『さよ...もっと読む

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