幸運と不運の総量はトータルすると同じ

世の中のすべての人、幸運と不運の量はだいだい同じくらい。禍福は糾える縄のごとし。困るのは、幸運なのか不運なのかわからないことがたまに起こること。

小豆島。アキの別荘近辺に池崎とユウカは来ていた。

「ユウカさんみてください」と言われて、見た2階のベランダには見覚えのあるレギンスがプラプラ揺れていた。

「あのレギンスは……たしか、サヨコ!」

「本当ですか!! やっぱり、老婆とグルだったかもしれませんね。どこか窓ガラスを割って入ってみますか?」

池崎はさっそく周りで手頃な石を探し始めたが、ユウカは窓ガラスを割ることには躊躇した。

「池崎、まだ中にいるかもしれないじゃない。だから、乱暴なことはやめてよ。警察呼ぶ?」

「いや、たぶん中にはいないですよ。さっきあんなに騒いでたのに誰も出てこなかったじゃないですか。ユウカさんの話だと、老婆が見回りするようにこの家の近くにいたんですよね」

「そう、いま思い返すと警官と私が駐車場に着いたときから、見張られてた気がする……」

「もし、サヨコという人がここに来てたとすると、目的はひとつです。家探しして、金目のものを持ち去ったのだと思います」

「えー! スリしておいて、さらに私から盗むの?」

「はい。この別荘の鍵はすり替えたし、ゆっくり物色できたと思いますよ。ユウカさんにとっては災難だと思いますが。プロの空き巣は同じ家に何度も入るともいいますし……」

ユウカは、幸運と不運はほんとに同じ量なんだな、と思った。こうして小豆島にきて災難にあったから、池崎とこうして幸せな関係を築けた。不運なことが起きれば、幸運もまた起こる。そう思って自分を励ますしかない。

とりあえず池崎の手を握りながら、入り口はないか、家の外側を一周をする。

「ユウカさん、足元危ないですよ。気をつけて」

「ありがとう」

しかし、家の周囲を見て回ったが中に入れそうな窓やドアはなかった。家の中がどの程度物色されているかわからないが、一度中に入って確認しないといけないだろう。

「池崎、玄関の方にまわってみようよ」

玄関にまわって扉の前にたつ。池崎は、確認するつもりでノックを2度した。
「誰かいますかー?」そう言いながら、ドアノブに手をかけると、ギーッと自然に扉が開いた。

「あれ、開いてる……」

ユウカと池崎はふたりで顔を見合わした。

おそるおそる中に入ると、がらんと広いリビングが池崎たちを迎えた。

ソファもあるし、テレビもある。リビングに向かい合った位置にあるキッチンも荒らされた様子はない。

「僕、2階を見に行ってみます」

池崎はそう言うと、一人で階段を上がっていってしまった。

1階にとり残されたユウカは、フロア全体を見て回った。「金目のものってなんだろう?」この別荘に初めてきたユウカは、元の状態がわからないから何が盗まれたのかも見当がつかない。

ふと、床に一枚の紙切れが落ちているのに気付いた。

「レシートかな……?」

紙の形状は細長い短冊型。拾い上げてみると、やはりレシートだった。

神戸の下町にあるスーパーの名前が書いてある。日付は一昨日だから、アキや竜平さんのものじゃない。たぶん、ここに忍び込んだ誰か……サヨコのレシート!

「ユウカさん、2階は誰もいませんでしたよ。2階の部屋は2部屋とも寝室だったんで、貴重品があったとも思えないし……」

池崎が2階から戻ってきた。ユウカはすかさず池崎にレシートのことを言った。

「池崎、私はすごいものを発見したよ!」

「まじですか? なんですか?」

「ほら、コレ。犯人が買ったものが書いてあるレシート。かいわれ大根、卵、アイスクリーム、ワイン……、なんか手がかりにならないかしら?」

「ふぅ……すごいと言ったから期待したのに、レシートですか……」

池崎はため息をつきながら、レシートを受け取った。ユウカはすごい発見したね、と褒められたかったのに落胆されたことが少し気に入らなかった。ちぇ。

「……ちょっと待ってください。ユウカさん。こんレシートの裏見ましたか?」

「いや、見てないけど」

「なにかメモした跡がありますよ。……15……15……20……30……S……なんのことだろう?」

「イチゴーイチゴーニーゼロサンゼロ 電話番号?」

「電話番号には桁が足りないですね。それにSって」

「……ちょっと、待って! この数字全部足してみて」

ユウカはある事実を発見したかもしれないと池崎に興奮して告げた。

「えーと、15たす15たす……ちょうど80ですね」

「それって、私が船で盗まれた金額……」

「じゃあ、これはひょっとして、4人の仲間でユウカさんの80万円を山分けしたっていうことですか!!」

「……そうかもしれない! SはサヨコのSよ」

「ということは、リーダー格のサヨコが30万、老婆が20万としても、あと2人仲間がいるということですね。これは重大な証拠ですよ!」

「そうね。池崎、どうしようか……」

「警察に行きましょう。これを持っていけば指紋も取れるかもしれないし、共犯のひとりでも捕まえれば、芋づる式に他の仲間も見つかるかもしれない」

「そうね! 急ごう! どこの警察に行く?」

「うーん、昨日の警官はあんまり期待できないから、もっと街の警察署に行きませんか?」

確かに池崎の言う通り、昨日の経緯がある分、あの顔の大きい警官はいい気持ちがしないだろう。名刺をもらっていたけど、いろいろと説明するのも億劫だ。勝手に別荘に忍び込んだことの方を咎めるかもしれない。

「うん、また疑われるのはいやだからね」

「それじゃ、小豆島町に向かいましょう」

二人は急いでレンタカー(日産ノート)に戻った。サイドブレーキをガクンとおろして、日産ノートを発進させる池崎。

池崎はなんだか刑事ドラマみたいに「シートベルト!」とだけいうと、アクセルをブンとフカした。それをユウカは横で見て、池崎調子に乗ってるな、と思ったけど、そんな姿も可愛いと思えた。

しかし山あいの細道を10分くらい走ると、池崎の様子がだんだんおかしくなってきた。

汗をかき、呼吸が速い。

「ユウカさん……。ユウカさんはお腹痛くなったりしてませんか?」

「ん? 私? 全然大丈夫だよ」

「僕……ダメみたいです」

池崎は日産ノートを道の端に止めると、ガクっとハンドルに顔を突っ伏して、お腹を抑える格好をした。口から微かにうーんと呻き声が漏れている。池崎のこの様子を見て、ユウカはピンときた。あのボロい民宿で食べた朝食。ユウカが見た目が気持ち悪いからといって食べなかったイイダコの煮付けだ。

池崎はせっかく来たんだし、イイダコは瀬戸内海の名物でしょう、といってパクパク食べていた。

さっきまで格好つけてたハンフリー・ボガードは、いまはお腹を壊した武田鉄矢になっている。

「私、運転かわろうか」

「ユウカさん、運転できるんですか?」

「まぁ、バリバリのゴールドだけど」

「ペーパーっていうことでふ……ね」

「この近くでコンビニを探すから」

「……は、……あひ。お願ひしまふ」

息も絶え絶えな池崎を後部座席に移動させ、久しぶりに運転席に座ったユウカ。

「アクセルって右だよね?」

「はい、その通りです! ユウカさん、……一緒に死ねるなら本望です!!」

「うるさいわよ。ちゃんと捕まってなさい!」

日産ノートは危なっかしくも前に進んだ。ユウカは久しぶりの運転で気持ちも昂ぶってくる。五感に神経を集中させてハンドルを右に左に切っていると、ユウカは次第に車の運転の仕方を思い出してきた。

「大丈夫? 池崎」

「なんとか。ユウカさん前を見て運転して……」

快調に飛ばす日産ノート。ナビは小豆島町に向けて案内をしてくれている。道の途中でコンビニがあればいいけど、ここは離島だ。コンビニ自体、まだ見かけていない。あるのは農家がほとんどで、たまに酒屋や商店を見かける程度。延々15分ほど走って、ようやくセルフのガソリンスタンドを見つけた。肝心のトイレを探すと工事現場にあるような簡易トイレがひとつだけ置かれていた。

「池崎、トイレあったわよ」

それを聞くと池崎は這うように後部座席から脱出して「すぐに戻ります」と告げトイレに向かった。池崎の後ろ姿を見ながらユウカは、ここまで安全運転できたことにほっと安堵していた。

その時、ピロリンと携帯から音がした。今までは緊張していたせいか、携帯の音は聞こえなかった。

ユウカは携帯を取り出し確認してみる。なんだ、ホットヨガからのお知らせか。ずいぶん前に東京で通っていたホットヨガの教室からだった。定期的に届くメールを未だ解除していていない。そしてそのまま未確認のメールをざっとチェックしたユウカは、突然、胸の奥を蜂にチクリと刺されたみたいな痛みを感じた。

「cafehablack@***」このアドレスは、無類の珈琲好きでアキの飼い犬ジョンの主治医である高畑のものだ。ユウカが気持ちを寄せていたけど、気まずく距離を置いていた高畑。ユウカは池崎がまだ戻ってこないことを確認して、無題のメールを急いで開いた。

「ユウカさん、この前はごめん」

一通目はその一言だけだった。受信日は昨日の夕方。ちょうどユウカが顔の大きな警官と別れ、独りでやりきると決めた頃だ。池崎が電話をかけてきた頃とも言える。

ユウカは続けて2通目を開いた。時間は22時すぎ。池崎と身体を重ね愛し合っている真っ最中だ。

「アキさんに聞いたよ。ユウカさん、小豆島にいるんだってね。僕も明日休み取れたから小豆島いってもいいですか? もし、明日会えたらラッキーだね」

「へ?」思わずユウカから変な声が漏れる。

なになに!? 小豆島に来るっていうの!?

ユウカが狼狽し理由もなくキョロキョロしていると、池崎がヘロヘロな姿で戻ってきた。

「……ごめん、ユウカさん。だいぶ待たせちゃって」

池崎は警察よりも先に病院にいったほうがいいくらい、憔悴した表情をしている。

「気にしないでいいわよ、池崎、あなた大丈夫?」

「いえ、大丈夫です。ようやく落ち着きました。ユウカさんからお金を奪った連中を早く捕まえなきゃいけませんから……」

「わかったわ。それじゃ、もうすぐ街に出ると思うから」

ユウカは運転席に、後部座席に池崎はそのまま乗り込んだ。

ユウカの運転はさっきと打って変わって心もとない。もちろん理由は、さっきのメールだ。

高畑からのメールの文面が脳裏にこびりついて離れない。

「もし、明日会えたらラッキーだね」

ラッキーって……。ラッキーなんかじゃないよ!

あなたにとっても、私にとってもきっとアンラッキーよ。

でも……もし、もし、本当に会ってしまったらどうする? 
隣には池崎がいるのに、なんて紹介する? 恋人? 友達? ……?

ユウカがぐるぐると考えていると、池崎が声をあげた。

「危ない!ユウカさん!」

後部座席の池崎の声で我に返るユウカ。道は山の地形に沿ってぐるりとカーブしていた。池崎の声がなかったら車は畑に落ちていたかもしれない。

「大丈夫ですか、ユウカさん?」

「うん、大丈夫」

ハンドルを強く握りなおすユウカ。気づいたら道の幅員は車が一台やっと通れるくらいにぐっと狭くなっていた。気を引き締めて前進すると、対抗車が一台やってきた。向かい合ってみると、とてもすれ違える幅員はなさそうだ。

「池崎、こういう場合ってどうするんだっけ?」

「ドライブは譲り合いです。少しバックして寄せられますか?」

「バック〜!? 私にできると思うの?」

「ユウカさん、成せば成るです」後部座席で横になりながら池崎が答える。表情をみるとまたお腹が痛くなってきているようだ。

ユウカが池崎の指示に従いゆっくりと日産ノートをバックさせて端に寄せた。それを確認すると、対向車はゆっくりと前進してきた。

すれ違うとき、感謝の表現で「プッ」と短くクラクションを鳴らすと運転者はユウカたちに向かって右手をあげた。運転者は女だった。…………ベリーショートの。

ユウカは、その女の顔形を確認すると、小さく声をあげた。

「池崎、サヨコをみつけた!」

対向車は、ユウカに気づくこともなくノロノロと山道を走っていった。

(イラスト;ハセガワシオリ)

この連載について

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結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味らしいが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさんを見ていた...もっと読む

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