通信制高校で友達はつくれる?
生徒が学校に期待する役割は、学問の修得場所ということだけではない。より重要なのは、友達をつくる場であることだ。友達をつくることは、得意な人には簡単なことだけれど、苦手な人もいる。しかも自宅学習が基本の通信制高校だと、日常的に仲良くするような友達はつくりにくい、というのが一般的なイメージだ。N高では、ネットの力でそこをなんとかできないか、と考えた。
そして導入したのがSlack(スラック)というコミュニケーションツールである。Slackは大規模グループにも対応したLINEのようなものだ。IT企業では広く導入されているが、基本的に英語版しかないため、ドワンゴではN高のために日本語のSlackマニュアルをつくった。
N高のコミュニケーションツールであるSlackの画面
N高生と教員、スタッフは基本的にSlackのアカウントを持ち、ホームルームもSlack上でおこなう。クラスごとのチャンネル(チャットグループのことを指す)があり、説明文には「◯組のクラスチャンネルです。平日16時からホームルームをしてるので、よかったら参加してください」などと書いてある。ある日のSlackでは、学級委員が「号令しまーす」と書き込むと、先生が「お願いしマース」と応え、「起立礼お願いします!」「お願いします!」と生徒たちが続けていた。途中から「こんにちはー」と入ってくる生徒もいる。ここで先生からの連絡事項を伝えたり、ちょっとした雑談をしたりする。まさにネット上の「教室」がここにある。
クラスチャンネルの他には、雑談のチャンネルや、音楽やゲーム、アニメ、釣り、映像制作など趣味に応じたチャンネル、地域別のチャンネル、女子だけのチャンネルなど、375ものチャンネルが存在している(2017年1月現在)。ネットコミュニティ開発部部長の秋葉大介さんは、「生徒が2000人もいるので、どんなにマニアックな趣味であってもだいたい仲間が見つかるみたいです」と笑う。「#ncre_ekaki」というイラストを描く人が集まるチャンネルの参加者は100人を超えており、皆が思い思いの絵をアップして盛り上がっている。ときにはプロのイラストレーターが絵を添削してくれることもある。
全日制・通信制を含む他の高校であれば、そもそもネット上での生徒同士・教師と生徒のやりとりは奨励されていない。チャットグループで悪口を言うことなどが、いじめの温床になるのを危惧する声もある。しかし現実には10代のスマートフォン利用率は82%にのぼり、みんなツイッターやLINEでやりとりをしているのだ。ネットツール上でのやりとりは、通信制高校の生徒にとって、全日制高校の生徒の放課後のおしゃべりにあたる。交流の場を十把一絡げに「危険だから」と奪うくらいなら、適切なネット上でのコミュニケーションを教えたほうが、はるかに建設的である。ただ、教える側のネットリテラシーが高いかどうかは、通常の高校だと教師によって偏りが出るだろう。
その点N高は、ネットコミュニティ運営のプロが存在している。前述の秋葉さんは、もともとニコニコ動画のカスタマーサポート部に所属していた。10代の子からの無理なクレームにどう対応すればいいのか、どこまで荒れたら介入すべきか、といったツボも心得ている。秋葉さんはSlack上でのルールを決め、逸脱行動をとる生徒を見つけたときには、担任経由で指導を入れてもらうこともあるという。「こうしたネット上のツールは、人と簡単にコミュニケーションがとれ、そこで友達ができるなど、いいところもある。その反面、人を傷つけたり、トラブルに巻き込まれたりすることもある。N高ではそういうリスクを回避するためにツールを禁止するのではなく、リテラシーやモラルを身につけてもらうことにしたんです。そうした教育方針をお話しすると、安心してくださる保護者の方は多いようです」(秋葉さん)