ゴッホはなぜ自殺したのか
加藤 『空白を満たしなさい』では、ゴッホの話がとても興味深いなと思いました。自殺対策NPOの人が、いろんなゴッホの自画像を並べる場面です。
2011年になって新たな事実が判明したゴッホの絵
平野 ゴッホの自画像ってたくさん残っているんですよ。有名な「耳を削ぎ落したゴッホ」以外にも、いろいろな自画像があります。自殺をしたゴッホは、つまり自分自身を消してしまったゴッホなわけですが、それがどのゴッホなのかというのが、この本の重要なモチーフなんです。
加藤 平野さんご自身は、自殺についてどう思われていますか?
平野 この本のために準備をしていたときに、自殺対策NPOの方に話を聞いていました。人がいろんなことに追い詰められて自殺する時は、思い悩んで視野狭窄に陥ってしまい、自殺しかないと思うからだと言うんですね。そうじゃないんだっていう選択肢を増やすための活動をしていると。僕はその考え方に近いです。
加藤 分人というのは、まさしくその選択肢を増やす考え方ですよね。
平野 そうなんです。分人で、少しでも気持ちが楽になって欲しい。
難しいのは、価値観として自殺について考えた時ですよね。一概に悪いと言い切れない部分もある。悪いというと、死んだ人も辛いし、遺族もきっと辛い。最後の最後まで悪だというのは酷だと思うんです。悪いというのは、実際は防止目的でしょう? だったら、他に方法はあります。そのことを伝えるのが僕の役割だとも思っています。作品によって、人が生きていく可能性を広げていく方法を考えることが、僕が文学をやっている意味だと思っています。
分人化時代の小説の変化
加藤 それにしても、分人という概念はインターネットで可視化されたり、SNSで個別につながれるようになって、より明確というか、身近になってきている気がします。
平野 はい。これからさらに進むと思います。
加藤 そうなると、創作活動のありかたも変わってくるのでしょうか?
平野 結局、人が人に伝えたいことは、自分と相手との分人関係の中でしか伝わらないってことだと思うんです。
加藤 はい。
平野 分人同士のコミュニケーションは、お互いに共有したイメージがないと理解できない。たとえば、マスメディアに対しても、感覚が人によって変わってきますよね。
加藤 たしかに、以前ほどの権威がなくなってきていますよね。
平野 今まではみんなが対マスメディアとの分人というのを持っていました。だけど、今はネットが進化して、SNSなどで自分の周囲に特化した分人が大きくなってしまった。その分、マスメディアとの分人はどうしても小さくなってしまうから、そこから大上段に語っても自分に関係のあることだと感じてもらえないのかもしれない。
加藤 なるほど。大きなメッセージが共有しにくくなっているのを感じます。
平野 例えば、小説でいうと最近の読者は長い状況描写を嫌がるんですね。話をどんどん進めてほしいという欲求もあると思うんですが、一方、リアルな生活環境からの情報のピックアップの数が減っているんじゃないかとも思うんです。
加藤 どういうことですか?
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