人生は理屈じゃない
俺はLINEのビデオ通話で、オッサンをコールした。
オッサンは1コールで出た。俺から連絡があるのを、気づいていたのだろう。
画面に、オッサンの顔が表示された。
白髪だらけで、痩せた顔。しかし以前のような疲れた表情ではなく、どこかさっぱりとした顔だった。
おそらく彼は、俺のやろうとしていることを、見通しているのだ。
「よお、オッサン」
「やあ。君はいま、どこだい?」
「あんたの故郷だよ」
と言って、俺はスマホのカメラを石人に向けた。オッサンが言う。
「岩戸山古墳か。なるほど考えたな。僕の故郷から時間旅行に出て、歴史を変える起点を消し、タイムスリップの追っ手をシャットアウトする。理路としては、たぶんうまくいきそうだ」
「現代の見納めの景色としても、ここは悪くないぜ」
俺は古墳の森を眺めた。あの地面の下に、伝説の北九州の豪族が眠っている。
「ちょっと調べたんだ。ここに埋葬されている筑紫君磐井は、『日本書紀』ではヤマト王権に反乱を起こした、極悪のテロリストみたいに記録されている。でも近年の研究では、ヤマト王権の横暴に耐えられず、自治政治を求めて、王権に戦いを挑んだ反骨の名君だった説が、明らかになってる。そして磐井は、当時から高度な航海技術を持っていた。朝鮮半島の新羅など、諸外国と交易をしていた。
でかい権力にケンカを売り、いち早くグローバルに打って出た。何か、あんたの生き方に重なってるような気がしたよ」
オッサンは、嬉しいとも寂しいとも言えない、複雑な笑みを浮かべた。
「僕は反乱を起こすようなバカじゃないけどね」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。