電車、と言われた目の前のものは、神奈川育ちの私が想像する電車とは全く違う何かだった。
バスみたいな感じである。
一両しかない。
整理券とか料金箱がある。
そして、乗り方がわからない。
無人駅ホームに一人っきりで30分以上待って、不安になってWikipediaを開いた。あくまでWikipedia情報だが、どうもこの駅は、一日に10人とかしか乗り降りしないので、廃線が検討されているらしい。九州の、とある駅だ。取材のため、ひとりきりで来ている。日が落ち始めて、このまま永遠にひとりなんじゃないだろうかとすら思えてくる。中心都市へ続く線路は雑草に飲みこまれかけている、人類滅亡後の世界みたいに。
やっと到着した電車はドアを開けてくれなかった。
私は近眼だ。あちこちぺたぺたスイッチを探して、困っていたら、ぷしゅーっとドアが開いた。電車に乗り込んだら、そこでやっと、細かい字の注意書きを見つけた。「後ろのドアから お乗りください」。あわわわ、と車内から後ろに向かう私の背中に運転士さんがこう言う。「整理券とってくださーい」
あわわわわ、とまた運転士さんのところに戻ろうとしたら電車は発車していた。「運転中 話かけないでください」。看板の送り仮名の間違いを直したくなる私はきっと今、自分自身がバカに思えて情けないのだろう。バカじゃないもん、国語できるもん、って思いたいのだろう。
とぼとぼきょろきょろ車内を歩き回って、やっと整理券箱を見つけた。
ぴっ、と1枚取った。
どこからどう見ても整理券であった。
すごい。
整理券だ。
This is a 整理券だ!
ママ~、ぼく、整理券がとれたよ~!!!!!!!!!
>てれれれ~ん<
頭の中で効果音が鳴り響いた。ゲーム「ゼルダの伝説」シリーズで、重要アイテムを取った時の効果音であった。
ミッションクリアである。
と思ったら、また別のミッションが始まった。
「あーもそーね、わらそそぎじゃっとよ?」
知らないおじさんだ。
知らないおじさんに話しかけられても返事をしてはいけません、と言ってくれていた先生はもういなくて私は大人である。九州の、廃線寸前の駅から、ひとりワンマン電車に乗り込んだ成人女性である。私は、対応せねばならない。大人の対応をせねばならない。
「わなちょれんわな、わらそそぎじゃっていうとっとがね!?」
知らないおじさんは私には聞き取れない何かをまくしたてている。記憶からがんばって文字に起こしたけれどもたぶんでたらめにしかなってないと思う、私には九州の言葉がわからないから。
Siriを起動したい。
設定画面から「九州弁」を選択したら私のかわりにスマホがおじさんの言うことを聞き取ってくれるのではと思う。と、思ったところで、「関西弁なんちゅう方言はあれへんのや」と怒っていた大阪の人のことを思い出した。地域単位で「○○弁」とくくるのは雑すぎるのだ。
じゃあなんだろう?
都道府県単位?
「大阪弁」とか「京都弁」とか?
それも違うと思う。私が通った神奈川県立の高校では、誰かに激しく同意する時の「だべ!?(CV:中居正広)」っていうのは神奈川県央部の言葉であり横浜の子はあんまり言わない、ということを学んだ。だべ!? 横浜だとあんま言わないじゃん? そういえばなんで福岡弁じゃなくて博多弁って言うの? あとさ、関西弁って言うと「まとめんな」って怒る人いるけど、東北弁って言っても怒る人少なくない? ……地域、地方、都道府県。まとめられたりまとめられたくなかったりするこれらの言葉たちすべては、なんということでしょう、このようにまとめられてしまう。
<日本語>
知らないおじさんはイラついた。
そして(日本語で)こう叫んだ。
「わのしわれが、って言うちょっとがね!!」
こわい。声がでかい。でも、やっとちょっと聞き取れた。たぶん、「×××と申し上げているのですよこのボケナス」的なことをおじさんは言っている。ならば私は聞き返そう、礼儀正しく。
なんとおっしゃいましたか?
そう言いかけた瞬間、おじさんは、私の眼前に何かを突きつけた。
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