「生春巻きが奇数だ」と不満げな上司
金曜日の夜、飯田橋のタイ料理屋で一人、トムヤムラーメンを啜っていると、新入社員と思しき女性を連れた40代半ばくらいの男性上司が「社会人としての心得」を説いていて、どれも大した話ではなかった。生春巻きが到着すると男性上司がタイ人スタッフを呼び止め、「ねぇこれ、どういうこと? 2人なのに春巻が3本だよね。奇数じゃん。これじゃ分けられないよ」と不満を漏らしている。基本的なオーダー程度しか日本語が通じないスタッフはすっかり戸惑っている。「奇数は倍にすれば偶数になりますよ」「二つに切り分ければ偶数になりますよ」などと、若輩ながら彼に社会人としての心得を説き直そうとも思ったが、上司は困惑したままのスタッフを、まぁいいや、と振り払ってうやむやにした。
トイレにでも行くのか、上司が席を外すと、背中を見せた途端にスマホを取り出した女性、冷めた表情に似つかわしくない獰猛な勢いで長文を打ち込んでいる。「生春巻きが奇数で不満げな上司」の存在を誰かに伝えているのだろうか。戻ってきた上司は「ところで〇〇ちゃんはパクチー大丈夫系?」と語尾上がりでテンション高めに問い、女性は採用面接で答えるようなハキハキとしたトーンで「はいっ、気づいたら大丈夫になってた系ですっ」と抜群の回答を上司に返した。絶妙な歩み寄りを見せた彼女の回答を活かさない上司は、再び社会人としての心得を説き始めたので、こちらは店を出る。春巻上司の存在をスマホで愚痴った後で、春巻上司の説法にうなずいておくクレバーさは日本の未来を明るくするかもしれないな、と適当なことを思った。
「コイツには何言ってもいい系女子」
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