投球とは重力との戦いである

選手として監督として一流を極めた野村克也氏を支えたのは、みずから見出した野球理論を詳細に記したノートの存在でした。今日までこのノートを閲覧できたのは、息子・克則氏など一部の野球関係者のみ。長い歳月をかけて書き継がれた、その“門外不出の野球ノート”をついに完全初公開します。今回は「投手論」第4回目の公開です。
早くも話題沸騰の書籍『野村克也 野球論集成』を特別掲載いたします。

打撃と走塁をおろそかにするな

 思わぬところにプロとしての資質を見いだすことがある。条件⑧打撃と走塁をおろそかにしないことだ。これも守備と並び、忘れてはならない。

 南海監督時代の1973年、巨人から移籍してきた松原明夫(のち福士敬章)は、巨人で4年間未勝利だった。「気が弱いから、使い方を考慮してあげた方がいい」とトレードの時に巨人側から耳打ちされたため、「中継ぎにでも」という程度にしか考えていなかった。

 思い込みは、たったワンプレーで吹き飛んだ。

 大洋とのオープン戦。松原は三塁走者として、内野ゴロで本塁に突入。野手顔負けの、猛烈なスライディングを見せた。オープン戦だというのに、負傷も恐れない。すぐ先発ローテーションに組み込んだ。投手に欠かせない、闘争心のかたまりだったからだ。

 何より走塁には「フォア・ザ・チームの精神」が如実に表れる。

 野手にさえ、出塁したとき、一塁手と「お手々つないで」でもしているのかと見まがうほど、ベースから離れない者がいる。

 たとえ盗塁はせずとも、少しでもリードの幅を広げ、スタートを切るしぐさを見せれば、バッテリーと内野陣は余分な神経を使う。それが、打者に少しでも打ちやすくしてあげることにつながる。

 一つでも先の塁へ進もうという意欲は、チームの得点に直結する。打者の打点を増やしてあげることにもなる。

 チーム、同僚への思いが、行動となって出る。それが走塁なのだ。

 投手の打撃に関しては最近、評論していて目にしたケースを紹介する。

 巨人・高木勇人が、2016年5月15日のヤクルト戦で打席に入る前、重いマスコットバットをビュンビュン振っていた。

 極力、エネルギー消費を嫌う投手が多い中、見上げた心がけである。投手といえども9人目の打者であることを、自覚している。

 しかも二回の先頭打者として打席に立つと、初球、4球目とセーフティーバントの構えで、相手投手を揺さぶった。フルカウントになるまで、一度もバットを振らなかった。結局投ゴロに終わったが、先頭打者がなすべきことは出塁だと、よくわかっている。

 私も監督時代、投手に「打席で5球は投げさせろ」と口を酸っぱくして言った。3打席あれば15球、相手投手に投げさせることになる。それこそが、フォア・ザ・チームの精神。勝敗の鍵を握っている責任、使命を負う投手は、いかなる場面でも挑戦的でなければならない。それは投げるだけでなく、守備、打撃、走塁にも当てはまる。

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野村克也

選手として監督として一流を極めた野村克也氏。その根底にあったのは現役時代から、みずから見出した野球理論を詳細に書きとめたノートの存在――。今日までこのノートを閲覧できたのは、息子・克則氏をはじめとする野球関係者のごく一部だった。長い歳...もっと読む

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コメント

shumihey___ さっき、重力の話聞いてたらこれまたちょうど重力の話。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite