相手が「癖」を隠そうとしたときの「変化」を見逃すな

選手として監督として一流を極めた野村克也氏を支えたのは、みずから見出した野球理論を詳細に記したノートの存在でした。今日までこのノートを閲覧できたのは、息子・克則氏など一部の野球関係者のみ。長い歳月をかけて書き継がれた、その“門外不出の野球ノート”をついに完全初公開します。今回は「投手論」第3回目の公開です。
最初で最後の、究極の野球本『野村克也 野球論集成』を、発売に先駆け特別先行掲載いたします(4月21日発売)。

投手は常に見られている

 なくて七癖。人間、誰しも癖はある。

 大リーグの「最後の4割打者」テッド・ウィリアムズはこう述べている。

「相手の打つ手は、事前にキャッチできるはずだし、また、その努力をしなければならない」

「投手は、捕手とサインを交換した上で投げる。だから、投球モーションに入るときには、すでに投げる球が決まっている。そこに、わずかな変化が生まれる。必ずどこかに、癖が出る」

 実は、この言葉を知って、私は対戦相手の癖を探すようになった。

 前述した稲尾ほどの投手でさえ、16ミリカメラによる映像で研究されれば、握りのほんのわずかな違いでシュートか外角球かがバレて、打たれるのだ。

 そこまで細かく見る必要もないほど、球種が丸わかりの場合もある。

 南海での現役時代、特にフォークボールを決め球にする投手は大歓迎だった。ボールをグラブの中に隠していながら、ボールを握るとき、人さし指と中指を広げるため、グラブも一緒になって広がる。

 それを見破られまいとすると、今度は手をグラブに収める前に一瞬、間が空く。癖が出ないようにと、意識すればするほど、変化が表れる。

 阪急戦で打席に入ると、捕手の岡村浩二がよくボヤいていた。

「ノムさんにはフォークのサインは出せません。わかっているんでしょう? それでもピッチャーは不器用だから、直せないんですよねえ……」

 不器用とは、言い得て妙だと思う。アマチュア時代から、投手はチームのスターでお山の大将。プロに進む選手はなおのこと、プライドが高い。それまで通してきた投げ方は、なかなか直せないものだ。

 現代の情報野球では、プロ入りと同時に敵味方なく癖の発見に全力を注ぎ、投手は癖を直すことが最初の仕事になっている。癖を放置していては、天賦の才も、磨いてきた技術も、価値が薄くなる。

 球種だけではない。直球と変化球を投げるときでは、投球フォームや腕の振り方が変わる投手がいる。「変化球……です……よっ」と、あからさまなリズムになってはいけない。フォームや腕の振りを鈍らせたら、打者に瞬時に察知される。

 逆に、ゆったりしたフォームからスパッとした直球を、強い腕の振りで緩い変化球を投げることができれば、打者を幻惑させられる。腕の振りと威力にギャップがある球ほど、打ちにくいものだ。

 打者の目には、フォームと腕の振りが無意識のうちに映り、それが残像となって脳裏に張り付いていると認識すべし。

 何より投手は、常に見られていることを、自覚しなければならない。

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選手として監督として一流を極めた野村克也氏。その根底にあったのは現役時代から、みずから見出した野球理論を詳細に書きとめたノートの存在――。今日までこのノートを閲覧できたのは、息子・克則氏をはじめとする野球関係者のごく一部だった。長い歳...もっと読む

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