変化球、それも小さく曲がる球種がひとつあれば充分

選手として監督として一流を極めた野村克也氏を支えたのは、みずから見出した野球理論を詳細に記したノートの存在でした。今日までこのノートを閲覧できたのは、息子・克則氏など一部の野球関係者のみ。長い歳月をかけて書き継がれた、その“門外不出の野球ノート”をついに完全初公開します。今回は「投手論」第2回目の公開です。
最初で最後の、究極の野球本『野村克也 野球論集成』を、発売に先駆け特別先行掲載いたします(4月21日発売)。

皆川睦男の打者が嫌がる小さなスライダー

 平均以上の球種か技術を一つ覚えたことで、金字塔を打ち建てた投手がいる。

 1950、60年代に活躍した右のアンダースロー、南海の皆川睦男(睦雄)である。

 56年に肩を痛め、下手投げに転向。以後、コンスタントに2桁勝利を挙げながら、20勝には届かなかった。

 変化球はシュート、カーブだけで、張本勲(東映など)、榎本喜八(毎日=現ロッテなど)ら左の強打者への内角を攻める球がなかったため、思い切りよく踏み込まれ、外へ逃げるシュートを狙われるという、ウイークポイントがあったためだ。

 私とは同学年で54年の同期入団。遠征宿舎では相部屋。消灯時間後も、野球談議に花を咲かせた。その気安さから、ある晩、ふとボヤいた。

「左バッターをなんとかせえ。左の強打者が出てきたとき、俺は“神頼み”でリードしているんだぞ」

「どうしたらいい?」

「お前には、いいシュートがある。それを生かすため、小さなスライダーを覚えたらどうだ」

 ピッチングは、ペアで成り立っている。

「ストライクとボール」「速さと遅さ」「高めと低め」「内角と外角」──。ピッチングを突き詰めれば、これらのペアをいかに操るかだ。

 皆川の右打者の内角に食い込む鋭いシュートに対して、対になる球種は何か。左打者の懐を攻める小さなスライダーだ。今では「カットボール」と呼ばれる球種の習得を勧めたのだ。

 68年のキャンプから本格的に取り組み、キャッチボールからブルペンまで、マンツーマンでチェックを続けた。

 そして、巨人とのオープン戦。一死一、三塁で左のホームランキング、王貞治を打席に迎えたときである。

「よし、いい機会だ。一球目は外角のボールから入る。打ち気にさせておいて、小さなスライダー、いくぞ」

 グシャッ。バットの根っこに当たって、二塁への小フライ。あの打球音と、皆川のうれしそうな顔は、忘れられない。

 この年、皆川はあれよあれよと勝ち星を重ね、初の20勝どころか、31勝で最多勝。プロ野球で「最後の30勝投手」であり、通算221勝を挙げた。

 打者が嫌がる球種を一つ、覚えるだけで、投手はガラリと変わるのだ。

 引退後、皆川には「いまの俺があるのもノムやんのおかげだ。ノムやんと出会えてよかった」と感謝された。お世辞にしても、ありがたかった。

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選手として監督として一流を極めた野村克也氏。その根底にあったのは現役時代から、みずから見出した野球理論を詳細に書きとめたノートの存在――。今日までこのノートを閲覧できたのは、息子・克則氏をはじめとする野球関係者のごく一部だった。長い歳...もっと読む

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toripappa (自動) #野球 2ヶ月前 replyretweetfavorite