弱者の戦術
6つの野球の要素をもとに、私は「弱者の戦術」を考えるようになった。具体的にはヤクルト監督だった1990年代、巨大な戦力を持つ巨人にどうやって勝つかを突き詰めたのだ。
その後2002年から4年間、社会人のシダックスで監督を務めたとき、対戦相手に驚かされたことがあった。
序盤にポンポンとシダックスが5点を奪った。相手の監督は三回、先頭打者が出ると、送りバントを命じた。プロ野球では、走者をためてドカンと点を返していこう……とばかり考えてしまい、なかなか犠打のサインは出せない。
だが「負ければ終わり」のトーナメントを戦う社会人は違う。一歩ずつ走者を進め、1点ずつコツコツ返し、風向きを変えていこうとする。この試合でも、シダックスは次第に追い詰められて守勢に回り、たっぷり冷や汗をかかされた。
これも「弱者の戦術だな」と思ったものだ。長期戦のプロと短期決戦のアマとでは、同じ1勝へのアプローチは確かに異なる面もある。だがプロでも、戦力の大小を考えれば、短期決戦的な発想の積み重ねで長いシーズンを戦う必要も出てくる。
監督として、ヤクルトや阪神、楽天で訴えたのはこのようなものだ。
① 自分たちが弱者であることを認め、そこから強くなる
② 総合力で戦う発想をやめ、部分を重点的に攻めて勝つ
③ 相手の得意な形には絶対にしない
④ 強者にも必ず弱点はある。全体を見ずに、個別化して相手を見る
⑤ 戦力を集中させる
⑥ 技術以外の「何か」を活用する
⑦ 相手と同じことをやっても勝てない、相手と違うことをやる、という共通認識を持つ
⑧ 不安材料を取り除き、優位感、優越感を持てる材料を探す
⑨ 自分ができること、ではなく「チームに役立つこと」を探し、実戦的な訓練をする
⑩ 前日までの準備野球の段階で、必ず勝つ
野球は、押しくらまんじゅうのような肉弾戦ではなく、一球、一投、一打という部分部分の集合体である。先制点をやらない、本塁打を避ける、ピンポイントの選手起用など、局地戦でいくつか優勢に立てれば、1-0だろうが8-7だろうが、勝利できる。前述した社会人チームは0-5の劣勢をはね返す方法を、コツコツと走者を進めることで打開しようとした。これも一種の「弱者の戦術」である。
近年のプロ野球を見ていると、腑に落ちないことがある。どのチームも連勝、連敗が激しい。15年にセ・リーグを制したヤクルトは5月前半に9連敗を記録し、1位から6位までの全順位を経験した。
投手の投球数を制限したり、中軸打者にも定期的に休みを与えたり、各監督は過保護なまでに選手の疲労に気を遣っている。その結果、戦力維持が目的になり、目の前の試合にどうしても勝つという命題が二の次になっていないか。不足した戦力を補う「戦術」が欠けているように思う。