のびドラ ホモソー問題
第3章(※「リスクと責任から逃げる『のび太系男子』とは」を参照)では、のび太の欠陥人格は藤子・F・不二雄の独善的な自己肯定の結果であると述べた。ダメでも、残念でも、変わらなくていい。弱さをさらけ出し、無邪気に欲求を表明すれば、いつか誰か(ドラえもん)が助けてくれる。美少女(しずか)をモノにできる。そんな大甘な受け身思考が骨の髄まで染み付いてしまったのが、『ドラえもん』を読み、見て育った30〜40代男性を中心とした「のび太系男子」というわけだ。
さて、そんなのび太系男子が多感なティーンエイジャー〜大学生だった頃、その後20年以上にもわたってジャパニーズ・サブカルチャーに大きな影響を及ぼすTVアニメが放映された。ご存知『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜96年TV放映)である。
「大甘な受け身思考」というOSがインストール済みののび太系男子予備軍は、おそらく高確率で『エヴァ』にハマり、「逃げちゃダメだ野郎」こと14歳の主人公・碇シンジに自己を投影した。まるで、のび太に自己投影したFのように。自分の弱さを素直にさらけ出し、女性全般に母性を求め、本能に基づいて甘えるシンジは、言わば精神的成長を経ないまま中学生になった野比のび太。のび太系男子予備軍が親近感を抱くに値するキャラクターだ。
そのシンジには、自分を救ってくれると確信した精神的パートナーにして、超のつくホモソー的バディが存在する。第17使徒タブリスこと、渚カヲル少年だ。
「ホモソー」すなわち「ホモソーシャル」とは、俗に「異性愛者の男性同士に発生する強い連帯関係」のことを指す。仲が良すぎて女性が入っていけない男子同士の友情関係、といえば聞こえはいいが、ネット界隈でもよく見かけよう。映画「スター・ウォーズ」シリーズや『ダークナイト』、「ガンダム」や「仮面ライダー」や女性グループアイドルを喜々として語り合う男性たちの間に漂う、「女人禁制」の空気を。彼ら全員の顔には「女には、我々が愛でるコンテンツの素晴らしさを絶対に理解できない」と書いてある。その強い排他性と閉鎖性が、男だけで満たされた空間の快適さに直結しているのは明らかだ。
『エヴァ』でカヲルはシンジを導き、シンジはカヲルに絶対的な信頼を寄せた。……この構図には既視感がある。そう、シンジにとってのカヲルと、のび太にとってのドラえもんは、立ち位置が酷似しているのだ。のび太にとってドラえもんはもちろん「親友」だが、単なる友情を超えた絶対的な信頼と図抜けた精神的依存が、そこにある。
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