恩知らず
2017年の段階で、西島たちのその後の足取りと、現在の消息がわかった。ネットにも詳しく載っていた。堀井の計画に則った新しい歴史で、時間軸はひとまず安定したのだろう。
俺がまず訪ねたのは、都内のS区にある東明大学だった。
創立50年、経営者や政治家など優秀な人材を輩出した名門校だ。
講義棟の上階に、教授室が並んでいる。一番奥の角部屋を訪ねた。
「古畑徹」の札が掛かっていた。
ノックして入ると、60歳になった古畑が、笑顔で出迎えてくれた。
「優作さん!! いやあ懐かしい! 連絡もらったときは、びっくりしましたよ。ぜんぜん変わってないですね!」
「古畑さんは、いいオジさんになりましたね」
髪は白髪、眉も半分は白い。目尻には数えきれないほど、初老のシワが刻まれている。
グレーの教師スーツと、老眼鏡がよく似合っていた。青年時代はげっそりと痩せていたが、適度に腹にも顔にも肉がついている。いかにも大学教授という風体だ。
「でも本当……優作さん、変わらなすぎじゃないですか? どう見ても30歳ぐらいにしか見えませんよ。30年ぶりですよね?」
しまった、白髪のメッシュぐらい入れてくればよかったか。
俺は適当に「うちは家系的に若作りなんですよ。実際は、いい歳ですよ」とごまかした。
古畑は「どうぞ」と、俺をイスに座らせた。
見回すと本棚いっぱいにコンピューター関連の書籍が詰まっている。パソコンは最新モデルが5台も並んでいた。
古畑はマクロソフトの社長を数年前に退いた。そして東明大学に招かれ、プログラムやコンピューターサイエンスの学部で、教鞭を執っているという。
学者肌だった古畑には、適職だと思った。
「いやー、それにしても何から話しましょうか。話したいことは、いっぱいありますよ」
「とりあえず、昔の思い出からで」
俺と古畑は、秋葉原のジョイント・インターナショナルで過ごした青春時代を、思い出しながら語った。俺にとっては、ついこの間の話だ。けれど古畑にとっては四半世紀以上も前の、若い日の記憶の風景だ。
目を細めながら、ずっと笑って語っている。
その話の中心にいるのは、やっぱり西島だった。
古畑は、ふっと寂しそうに言った。
「あの頃は本当に、楽しかったなぁ。西島さんに付きあわされて、振り回されて、迷惑かけられて……ムカつくこともあったけど、あんなに面白くて刺激的な思い出をくれた人は、他にいないです。
あの頃、雑誌の取材などでよく西島さんはどんな人? と聞かれました。僕はこう答えました。『他人に、雲の上を歩けと言っても許される人は3種類います。1番目は幼児、2番目は詩人。3番目が西島さんです』とね。雲の上を歩いて、落っこちたら『信心が足りんのや!』って怒る。そういう無茶苦茶が、なぜか許される人でした。
わがままで、根拠のないパワーに満ちていて、周りに愛されまくった。マンガの主人公みたいな、バイタリティの塊でした。ビンセントも言ってました。『こんなに僕そっくりの人間が、アジアにいるなんて信じられない』『僕とニックは生まれる前は、双子だった』ってね」
万感の思いをこめて語る古畑に、俺は少し複雑な気持ちになった。
「……西島さんとは、連絡をとっているんですか」