子どもの頃に宦官になるとカワイくなる?
房野史典さん(以下、房野) 僕も歴史は好きですが、男色について話をする機会はあまりないので(笑)、もう少し突っ込んで話を聞かせてください。黒澤さんの『なぜ闘う男は少年が好きなのか』を読んで、気になったのは中国の宦官です。劉邦の最後を看取った宦官の話を書かれていましたが、小さいときに(男性器を)取っちゃってる宦官って、やっぱり、めっちゃカワイイんですか。
黒澤はゆまさん(以下、黒澤) 〝男〟になってしまった大人になってから切ると、そんなに顔立ちが変わるわけではないんですけど、子どもの頃に切ると、骨格も華奢なままで声変わりもしません。素質のある子だったら、美少女顔負けの美しさになるそうです。
房野 へえ。
黒澤 清の時代に、実際に宦官を目撃したイギリス人が残した記録によると、そういう子たちは決まった仕事はあまりなくて、女の子みたいに着飾って、ただふらふらしていたのだとか。
房野 それで、女官たちはそういう子たちに特別なサービスをさせていたんですよね。どう特別かはちょっと言えないけども(笑)そういう宦官って、宮廷にどのぐらいいたんですか。
黒澤 女官に匹敵するぐらい何千人といたようです。例えば、五代十国時代の南漢の皇帝なんかは、家族を持っている臣下は「利害が生じるから」と信用せず、優秀な人はみんな宦官にしちゃったんですよ(笑)
房野 才能あると思ったら、まず切る。
黒澤 そうそう。切ってから大臣とか学者にするんですよ。
房野 雇われるほうは納得するんですか、それ。
黒澤 当然誰も納得しなくって、南漢は、国の力がめっちゃ弱くなって滅びました(笑)
房野 やっぱり(笑)
黒澤 でも、宦官が有用ということは、いろんな人が言ってるんですよ。アレクサンドロス大王が尊敬したペルシャのキュロス大王も、宦官は家族がいないから、絶対に主君に忠実になってくれる、体は弱々しいかもしれないけど、それは武器などで補えるんだから、近衛兵などはみんな宦官にした方がいい、という教えを残しています。
房野 すごいなあ。それで、裏切らなかったんですか。
黒澤 それがやっぱり限界があって(笑)ペルシャには、アレクサンドロス大王が登場する少し前に、バゴアスっていう戦争が強い宦官が現れます。彼はエジプト再征服に貢献して、「こいつはすごい」と重用されるんですけど、のちに謀反を起こして、一時期ペルシャを牛耳っていました。
房野 そりゃそういうこともありますよね(笑)人間ですもん。
歴史の話に盛り上がる房野さんと黒澤さん。
王者の孤独を癒す宦官という存在
房野 でも、死の床にいた劉邦の枕元にいた宦官は、絶対裏切らなさそうですよね。
黒澤 あの子はもう看取ったばかりか、お墓にまで付き添っていたようです。彼のことを思い浮かべながら書いたのが、私のデビュー作となった『劉邦の宦官』(双葉社)です。
房野 彼のことは記録には残っていないんですか。
黒澤 やっぱり宦官は、とてもプライベートな空間にいる存在なので、確かなことは全然分からないですね。でも、『史記』やイギリスの研究家の証言などに、少しずつ記述が残されています。
房野 当時の人は、宦官という存在に対して背徳感があったんでしょうか。
黒澤 あったとは思いますね。ただ、宦官はどんなに美しくても、子どもができないので、政治的なトラブルになりにくいという安全な存在でもありました。劉邦の正妻の呂后は、ものすごい気が強くて、気が強いあまりに劉邦が死んだ後、恋敵だった側室とその息子たちを殺してしまうという事件を起こしています。しかも、両手両足ちょん切って、トイレに放置するという……
房野 いや、そうなるともう女は怖い、もうちょっといいかなってなりますよね(笑)
黒澤 呂后は優秀で美しい女性だったのですが、劉邦は生前にもそういう気性の激しさや跡取りを巡るトラブルに辟易していたんでしょうね。だったら、あとはもう宦官に逃げるしかない(笑)本当に無力で、ただきれいなだけの存在。
房野 それは切ないなあ。トップになった王者にしか分からないですよね。
黒澤 その孤独を癒していたのが、宦官だったのではないかと思います。
男心を惹きつける術を知り尽くした江戸の美少年たち
房野 話は日本へと飛びますけど、江戸時代の陰間茶屋案内記も面白かったです。
黒澤 美少年版遊郭なんですよね。
房野 陰間茶屋が流行したのは、江戸時代初期なんですか。
黒澤 初期から中期にかけてですね。末期になると、徐々に下火になっていきます。湯島あたりは、お寺の坊さんが行くということで、最後まで残っていたそうです。
房野 美少年がお客さんの心を惹く〝釣り〟の方法が、三百以上あるって、すごいですよね(笑)
黒澤 歌の文句で「他にもいい人がいるんでしょうね」と伝えるとか、別れ際に涙目で「これを私と思って下さい」と着物の袖の一部を渡すとか。
房野 僕の場合、これが女の子だったらと思うと、たまらない(笑)
黒澤 陰間茶屋で働く美少年たちは、歌舞伎役者の卵なので、こうした駆け引きも含めて、ある意味、修業だったんでしょうね。
房野 そうか、お客さんを惹きつける手練手管を、リアルに試していたのか。経験に優るものはないですもんね。そりゃうまなるわ、歌舞伎(笑)
黒澤 そうした方法の中でも、私が調べていて一番衝撃だったのは、お尻がちゃんと受けて入れてくれるように一晩中入れておく「棒ぐすり」っていう……
房野 ぼ、棒ですか!?
黒澤 はい、男性器を模した棒に綿を巻き、ミョウバンをゴマ油で溶いたものを塗って、一晩中入れておくんです。それで鍛えたようなんですよ。
房野 鍛えられるのかなあ。まあ、入れないよりマシかもしれないけど(笑)
黒澤 他にも、行為の前に食事は控えて、体を清浄に保つとか、いろいろなノウハウがあったようです。
黒澤さんが執筆に利用した資料の数々。
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