パーフェクトな略奪
俺が16歳の堀井に会った後の流れは、こうだ。
IT革命とLinuxの出現を知った堀井は、まず古畑を抱きこんだ。
もともとプログラマー志向の強かった彼に、UNIXをベースにした、日本人発のカーネルの開発を手がけさせた。
同時進行で堀井は、西島をアーキテクト社長とマクロソフト副社長のポジションから、引きずり下ろそうとしたのだ。
俺はオッサンを、じっとにらんで言った。
「古畑さんは操れても、西島さんは操れないと思った。だから切り捨てようとした」
オッサンは否定も肯定もしない。俺は続けた。
「あんたは、ビンセント・ゲイツに、MSX-Xのティラノサウルスを使った無断の宣伝キャンペーンを告げ口したんだ。
激怒したビンセントに、さらに西島さんが会社の金でやっていた無茶苦茶な金づかいを、ぜんぶ暴露した。古畑さんルートで手に入れたんだろう。女への貢ぎとか、西島の個人的な遊びとか……マクロソフトとの提携の信義に反する出費も含まれていたんじゃないか。
ビンセントは、ついに堪忍袋の緒が切れ、西島さんをマクロソフト副社長から解雇。そしてアーキテクトと、マクロソフトとの販売代理店契約も解消した。アーキテクトの経営は大打撃を受けた。責任を取らされた西島さんは、会社を追われた。そしてIT革命のトップランナーだった西島さんは、表舞台から姿を消した」
オッサンは指を組んで言った。
「詳しく調べると西島さんはあの当時、マクロソフトとアーキテクト両方から給料を受け取っていたんだ。合意のない二重受給は、かなりグレーな行為だ。ビンセントが穏便にしないで訴訟を起こしていたら、西島さんは捕まっていたかもしれない。フォローするわけじゃないけど、彼はあのとき会社を去って良かったんだよ」
「……こっちの話を続けるぞ」
俺はオッサンに相づちを打たずに続ける。
「西島さんを会社から追い出した後、ビンセントは正式に、マクロソフトの日本法人の会社を設立した。あんたが水面下で動いたことにより初代社長は、古畑さんになった。しかし古畑さんは新しいカーネル開発に集中しているため、事実上の経営者は、あんたが引き抜いてきた、成田さんだ。古畑さんと成田さんを動かしながら、あんたはSteinbackのトップとのパイプを、ひそかにつないでいた」
「どうやって? 時系列で言えば、そのとき僕は大学生ぐらいだぞ。Steinbackのトップと会える機会はない」
俺は、右手で飛行機の形をつくり、飛ばしてみせた。
「あんたはファーストクラスに乗ったんだ。西島さんのやり方をマネた」
オッサンは眉を、ぴくりと動かした。俺は続けた。
「Steinbackの社長が乗る便を調べ、偶然を装って、隣に座った。そして学生起業家のフリをして、スマホ……のちのsPhoneの概念を、熱心にプレゼンした。話に乗ってきたSteinbackの社長を、後にマクロソフトと引き合わせ、業務提携の話をまとめた。同時期に、古畑さんがRenuxを開発。あんたはSteinbackにMEMS(微小電子機械システム)への投資を持ちかけた。
後は自然に、歴史が転がっていくタイミングを待ってればよかった。
IT革命、LIGHT通信バブル、スマホ革命、グローバリズムの波……その歴史のなかで本来ならアップル・ガレージが獲ったはずの経済的成功を、マクロソフトとSteinbackが総取りすることができた。
ぜんぶ、あんたの予言からの恩恵だ。
あんたは表には出ず、マクロソフトとSteinbackの稼ぎの上前を、アドバイザーだか何だかの立場で、好き放題、吸い上げている」
俺はオッサンに、人差し指を向けた。
「現代の〝サン・ジェルマン〟伯爵の、パーフェクトなやり口だ」
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