ドラがたり

ダメでも、残念でも、変わらなくていい。弱さをさらけ出し、素直に希望を言えばいい。

藤子・F・不二雄先生と『ドラえもん』を誰よりも愛する編集者/ライターの稲田豊史さんによる唯一無二の『ドラがたり』。今回は、30〜40代男性に潜む「のび太系男子」の本質を見抜きます。(毎週水曜日・土曜日更新)

低水準な未来に納得するのび太

 理想主義(※第8回を参照)がはっきりと否定されているエピソードが、てんコミ16巻「りっぱなパパになるぞ!」(「小学六年生」1977年3月号)だ。この話は、現在ののび太が泥酔したパパを見て、自分はああはならないと決意し、「ぼくがどんなすばらしいパパになってるか、見てくる。」と言って、単身25年後の未来に向かうというものである。

 しかし、大人のび太は今のパパと同じように泥酔して帰宅。妻であるしずかに「あなた、いま何時だと思ってるの?」と呆れられ、息子のノビスケからも尊敬されていない。がっかりする少年のび太に、大人のび太は言う。「たいした努力もしないで、ある日突然えらい人になれると思う?」「失敗しては反省し、また失敗して反省し…。そのくり返しの毎日さ。なおったのは近眼だけ。」

 大人のび太のトホホすぎる愚痴を聞いて、傷つくのび太。このあと大人のび太が言う一言は、子供たちに「大人になるってつまんねーな」と思わせるのに十分な陳腐さに満ちている。

「しずちゃんはすばらしい女性だ。ノビスケも、なまいきだけどかわいいやつだ。このふたりのためだけにでも、ぼくはがんばろうと思うんだよ。」

 家族のために日々を生きることは、まったくもって正しい。しかし、それは厳しい現実にさらされて相応の長さの人生を歩んできた大人の結論だ。少年少女が学年誌上で見たい類いの、夢いっぱいの未来予想図ではない。なお本エピソードの掲載誌は「小学六年生」なので、読者は11歳か12歳だ。

 うだつの上がらないサラリーマン男性が、「仕事とか私生活とか、たいしてパッとしないし、人としても成長してないけど、妻と子のためにがんばりまーす」(意訳)と言ったところで、未来への希望も美しい理想も何もあったものではない。

 しかしFは、それでもあえて、大多数の子供たちが歩むであろう「普通の未来」を、学年誌上ではっきりと見せた。そして、劇中の少年のび太にもそれを納得させた。のび太は、大人のび太が一応「やる気はなくしてない」ことを確認し、握手して別れる。少年のび太は、この凡庸な大人になる未来に、まったく絶望していない。納得し、受け入れる。

 最終コマの、のび太とドラえもんのセリフはこうだ。

のび太「毎日がんばりつづけるのはたいへんだから、一日おき……、いや、二、三日おき…、 いや、やれる範囲でがんばるぞ!」
ドラえもん「うん、そのていどの決心なら守り通せるだろう。」
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ドラがたり

稲田豊史

世代や国境を超えて読み継がれる『ドラえもん』を、いま私たちは、どのように読み返すことができるのでしょうか? 全世界の「のび太系男子」に贈る人生の教訓から、ひみつ道具に託されたSF(すこし・ふしぎ)なメッセージ分析まで。 藤子・F・不...もっと読む

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PLANETS_9 4/11(火)10時まで無料公開! #ドラがたり cakes連載更新 https://t.co/Y6aqj7IoPb 「のび太系男子」の闇にますます迫ります…! 2年以上前 replyretweetfavorite

consaba 稲田豊史「Fは、人間という存在の偉大さではなく矮小さを、冷徹かつ克明に観察し、絶妙なアイロニーを含んだ結びに込めた」 2年以上前 replyretweetfavorite

PLANETS_9 #ドラがたり cakes連載更新! https://t.co/Y6aqj7IoPb 「のび太系男子」の闇にますます迫ります。 4/11(火)10時まで無料公開です! 2年以上前 replyretweetfavorite