ドラがたり

リスクと責任から逃げる「のび太系男子」とは

藤子・F・不二雄先生と『ドラえもん』を誰よりも愛する編集者/ライターの稲田豊史さんによる唯一無二の『ドラがたり』。第8回では、現代を生きる「のび太系男子」の具体像に迫るとともに、人間の持つ弱さ自体を肯定する『ドラえもん』のエピソードを読み解きます。(毎週水曜日・土曜日更新)

リスクと責任から逃げるのび太系男子

 第2章の結び(※第7回を参照)では、1990年代中盤以降に発生した「のび太再評価」ムーブメントの影響によって、「のび太のように生きてもいいんだ」というマインドを持つ「のび太系男子」が生まれたことを述べた。

 のび太系男子を主に構成するのは、30〜40代の〝勝ち組になれなかった〟男性たちだ。世代区分で言えば団塊ジュニアからポスト団塊ジュニア。日本の人口ボリュームゾーンである。学生時代は受験戦争と偏差値社会に、就職してからは超格差社会・実力主義社会に投じられたが、一握りの勝ち組以外は辛酸を嘗めまくった世代だ。

 四大を出ても貧困とは縁が切れない。新卒の就職活動は激戦を極め、やっと会社に入ったものの、歳を重ねて何かと物入りになってきたゼロ年代後半に入ると、今度は不景気で給料が上がらない。結婚は遠く、仮に結婚できたとしても、親世代のような「シングルインカム+専業主婦+子供ふたり+持ち家」なんぞ、夢のまた夢。馬車馬のように働いても都内にマンションひとつ、車一台満足に買えない。ファストファッションとファストフードが命綱。団塊世代である親たちの裕福さには一生手が届かない……と臍を噛む。

 彼らのアイデンティティを染めているのが、自分たちは割りを食った世代だという被害者意識だ。その鬱屈はおおむね富裕層や政治権力に向けられ、「社会正義」の旗印をエクスキューズに私怨を爆発させるのが常套。押し寄せる劣等感と吐き出すルサンチマンの出納業務で、毎日が忙殺されている。

 のび太系男子の特徴は、彼らの上下世代との比較で、より一層明確になる。

 たとえば、のび太系男子より年次で10数個歳下には、20代の「さとり世代」と呼ばれる世代がいる。「さとり世代」は博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー・原田曜平氏による造語。彼らは厳しい現実を〝悟って〟いるので、はなから自分の人生について過剰な期待を抱かない。好景気を肌で感じたことが一度もないため、「成り上がり」「一攫千金」といった経済的な成功を夢見たりもしない。他人を蹴落として序列を駆け上るよりは、出る杭として打たれないよう注意深く空気を読み、悪目立ちを避けようとする。そもそも、競争というものに参加する意義を感じていないのだ。

 いっぽう、のび太系男子は競争に強制参加させられた上に負けが続き、ほとほと嫌気が差し尽くしてしまった。0点が続いてすべてにやる気をなくしたのび太の如し。ゆえに一部の勝ち組を除き、ヒエラルキー内での序列争いには極端なアレルギー反応を示す。集団内におけるハングリーな向上心にも欠ける傾向にある。

 のび太系男子の上の世代であるバブル世代(40代後半〜アラフィフ)は、バブル景気(1980年代末〜1990年代初頭)を背景として、働けば働くほど、欲望を剥き出しにすればするほど、経済的な「結果」を手にできた最後の世代だ。彼らはヒエラルキー内での序列争いに耐性がついている。「頑張れば、上に行ける」ことが身近で実証されているからだ。

 しかし、のび太系男子は先輩たちが享受したバブル世代の華やかさを目にしながらも、自分たちが会社のメインプレーヤーになった時には、時既に遅く、その恩恵にはあずかれなかった。同期がやたら多いため無意味に増加した「名ばかり管理職」に任命されたはいいが、給料は特に変わらず責任だけが増大。被害者意識がむくむく膨れ上がったのは無理もない。

 それゆえ、のび太系男子は社会で戦うのをやめ、精神的な隠居に入った。マイペースで快適な個人であることに絶対善を置き、いい年こいてノスタルジックなサブカル趣味にすがりつく。のび太同様、〝いま、この瞬間を楽に生きる〟を信条としているのだ。ゼロ年代初頭に流行した「スローライフ」や、2010年代以降の「サードウェーブ男子」的なまったり感も嫌いじゃない。実際、上記2ムーブメントを主に担っているのは団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアである。

 また、のび太系男子はリスクをとってチャンスをものにするトライアルスピリットに欠ける。危ない橋は渡りたくないし、できれば社会的責任も負いたくない。婚期は遅れがち、もしくは結婚願望も総じて低めだが、結婚ほど「リスク」と「責任」の産物はないので、当然である。

 自分の弱さを素直にさらけ出すことに、他世代ほど躊躇がないのものび太系男子の特徴だ。彼らは自己をさらけ出すことが「誠実」だと思っている。そのため、女性にはあからさまに母性を求め、本能に基づいて甘える。

 そう、のび太系男子は、いい大人のくせにみっともない。しかし、それこそが彼にとっての「誠実」だ。第2章(※「のび太ほどのクソ野郎は、なかなかいない」参照)で言及した痛エピソード—お姉さん型いたわりロボットの膝に顔をうずめるのび太(ドラえもん プラス5巻)—が思い出されよう。

 さらに、のび太系男子は「普段はダメでも、いざというときには〝持ち前の誠実さ〟を発揮すれば、大丈夫」と自分に言い聞かせている。大長編で突然ヒーロー化するのび太の気分だ。彼らからすれば、普段のうだつの上がらない状態は「俺はまだ本気出してないだけ」なのである。

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稲田豊史

世代や国境を超えて読み継がれる『ドラえもん』を、いま私たちは、どのように読み返すことができるのでしょうか? 全世界の「のび太系男子」に贈る人生の教訓から、ひみつ道具に託されたSF(すこし・ふしぎ)なメッセージ分析まで。 藤子・F・不...もっと読む

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コメント

hirokyun 落語を知ってると一層楽しい。 2年以上前 replyretweetfavorite

yuko88551 〔コラム〕 2年以上前 replyretweetfavorite

wol564b =コラム= 2年以上前 replyretweetfavorite