つかまえたハト
由里子は、折り紙でつくったハトを出した。
「ここにタイムスリップの起動装置に必要なコードが書いてあったのよ」
俺が収監中に、時間つぶしで作ったものと、同じだ。
由里子が丁寧に、折りを広げると、びっしり細かいコードが黒ペンで書かれている。
俺の字だ!
由里子が、胸を張って言う。
「私、お兄ちゃんより先に、タイムスリップの方法を知ってたの」
由里子の話では、その折り紙のハトは、由里子が生まれたときに兄、つまり堀井からプレゼントされたものだという。宇多家の自分の部屋の、宝物箱にずっとしまってあった。
「小さいとき、何気なく折り紙を広げた。そうしたら、この数式みたいな長い文字が書いてあったの。当時は何のことか、まったくわからなかったわ。でもお兄ちゃんに、タイムスリップの起動のコードを1回だけ見せてもらったとき、同じだ! って気づいた。どういう歴史の構造になっているのか、いまはわからないけど。お兄ちゃんよりだいぶ先に、私の手元に、タイムスリップの秘密があったのよ」
と言って、由里子は俺を上目づかいで見た。
「お兄ちゃんは、この折り紙のハトを、私が生まれた年に、年上の友だちからプレゼントされたって言ってた。
その人の名前は、藤田優作。
渡すとき『お前たち兄妹の幸運のハトだ』って、言ったそうよ」
俺は、のびかけた髪をぐしゃっと掻いた。
「そんなバカな……。俺はオッサンに折り紙のハトなんか、渡してないぞ。だいいちコードを覚えていない」
「でも間違いなく、私が持ってる」
頭が、また混乱してきた。
渡していないはずの折り紙のハトを、なぜ由里子が持っているのか?
2017年に、また過去の因果律が変わる、何か重大な出来事が起きたのかもしれない。
俺は言った。
「どういう因果律かはわからないけど、ひとつ、はっきりしている。その折り紙のハトは『由里子が過去にタイムスリップして、俺に〝伝書鳩〟をやめさせ、オッサンの親父さんへの復讐を終わらせる』役目をしている」
由里子は、こくんと頷いた。
そして、少し遠い目をした。
「ここに来て、あらためて思ったわ。父がしがみついたヤマトグループの権力も、お兄ちゃんの父への復讐心も、本当にバカげてる。だって……見て」
俺と由里子の前には、埋め立てられた荒れ地が拡がっている。
金も、華やかな賑わいもない。
人の息吹もない。乾いた土とまばらな草ばかり。
夕方を過ぎたら、きっと辺り一面は真っ暗だ。
東京の湾岸に切り取られた、砂漠だ。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。