ゴーストタウン
由里子に連れられて、タクシーで向かった先は埋め立て地だった。
ところどころに草が生えているだけの、殺風景な荒れ地が広がっている。
そこは臨海副都心、レインボータウンとして開発される直前のお台場だった。
辺りを見渡して、俺は呟いた。
「……何にもないな」
大きな建物は、船の科学館があるぐらい。倉庫がぽつぽつと並び、大きなビルの土台が建設中だった。
遠くに、水平線が見える。流れてくる風は、かすかに潮の匂いがした。
由里子が風になびく髪を、手で梳きながら言った。
「お台場は、こんな寂しいところだったのね」
「臨海副都心の本格的な開発が始まるのは1989年から。1997年にヤマトテレビが移転されるまでは、ただの海の上の平野だったんだ」
俺と由里子以外、ほとんど人通りはなかった。
言い方は悪いが、ゴーストタウンだ。
やがてアジアの観光客が大挙して押し寄せる、巨大なレジャースポットに変貌する未来が、信じられなかった。
俺は訊いた。
「どうして、ここに来ようって?」
由里子は、ゆりかもめが着工されるあたりの更地を指さして言った。
「ヤマトテレビが建つ前の場所を、見たかったの」
そこは元気のない草が生えている、広いだけの野原だ。
その上部に数年後、日本最大のメディア企業が、本社を建設する。
「父がしがみついた、権力の象徴……お兄ちゃんの人生を狂わせた会社が、始まる前の景色を見てみたかった。想像してた通り、つまんないね。何にもない」
そう言う由里子の横顔は、ひどく哀しげだった。
「いまこうしてる瞬間、都内のどこかに赤ちゃんの私がいる、っていうのは不思議な気持ちだわ」
由里子が感傷的になっているところ悪いが、こんな寂れた場所でデートするのが、俺の目的ではない。
「そろそろ話してくれないか。ぜんぶ」
由里子はちょっと伏し目になって、俺に顔を向けた。
「優作は、またお兄ちゃんに騙されたのよ」
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