まるでピサの斜塔だな
毎年5月の連休は、畑で過ごしている。トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、トウモロコシなど、夏野菜の苗やタネを植えたりまいたりする時期だからだ。
その年は、それがちょっと大がかりになった。
「今度は何が始まるわけ?」
様子を見に来た隣の区画のN村さんに、夫が恥ずかしそうに説明する。
「ぼくもよくわからないんですが、トマトのトンネルを作るって言うんですよ」
夫が組み立てていたのは、アーチ支柱と呼ばれる農業資材だ。ネットをかければキュウリやインゲンなどを這わせることができ、ビニールをかぶせれば温室や雨よけが作れる。
「トンネル?」
首をひねるN村さんに、現場監督の私は得意げに解説した。
「ここにキュウリ用のネットを張ってね、アーチの両側にミニトマトを植えるの。トマトが大きく育ってネットに寄りかかるとね、アーチの中にトンネルができちゃうってわけ」
「ふーん」
なんだ、そのリアクションは? 「すごーい!」と感心するところだろ。
5つのアーチの高さがそろっているか、確認中です。この資材も新たに買いまして、またお金がかかりました。
「おーい、傾いてるぞー! まるでピサの斜塔だな」
向かいの区画で、イギリス人のミスターBが大笑いしている。
「どこが斜塔なの? 神殿のまちがいでしょ!」私は彼をにらみつけた。
いいさ、今のうちに笑っておけ。ベテラン菜園家でも見たことがない、驚愕のトマト栽培を披露してやる。
私の頭に描かれた完璧な未来予想図。それは、ある種苗会社の農場で目にした、トマトの画期的な栽培法だった。
アーチの高さは2m以上。育ったトマトの重さに備え、両端と中央の支柱は杭で補強しています。
ソバージュって、あのソバージュ?
「トマトのソバージュ栽培」という名を初めて聞いたとき、正直私は動揺した。
マハラジャ、ボディコン、肩パット、私をスキーに連れてって。そんな青春を過ごした我らバブル世代にとって、ソバージュと聞いて思い浮かぶのはあの髪型だけだ。
知らない人はいないと思うが、葉加瀬太郎氏が長髪にしたと思ってもらえば想像がつく。(余談だが、葉加瀬氏の髪は、もともとサラッサラの直毛なんだそうな)
私はワンレン派だったが、街にはチリチリのロングヘアに太眉を描き、尻の形を強調した服の女があふれていた。あのソバージュとトマトがどうつながるのか? まったく想像できないまま、私は不安を抱えて、その栽培法を見に行ったのである。
「な、なんだこれ!?」
そこは、畑というよりトマトの密林だった。茎は重なり合い、葉はわさわさと茂って、その中で赤や黄色の実が揺れている。
「これがソバージュ栽培ですか……」
トマトを教科書通りに育てたことがある人なら、間違いなく混乱する光景です。ちなみにここへは仕事で訪れました。農家の見学者も大勢いましたが、みな驚いていました。
「はい。ソバージュは、フランス語で『野性の』という意味なんですよ」種苗会社の方が笑顔で教えてくれた。
あの髪型は相当不自然だったが、本来のソバージュは、「自然のままの性質」という意味らしい。
「ソバージュ栽培はトマト本位の栽培とでも言いますか、ほとんど放任で、わき芽も伸ばし、誘引も最低限しかしないんです」
解説しよう。
日本の農家の多くは、トマトをビニールハウスで育てている。
茎と葉の間から出る「わき芽」は摘み取り、主枝1本に仕立てるのがふつうだ。株が倒れないように、天井から紐で吊ったり、支柱に結わいたりして「誘引」する。そして、日当たりや風通しをよくするために、よけいな葉は取り除く。露地での家庭菜園でも、それと同じようにトマトを世話するのが一般的だ。私もトマトを支柱に結わえつけ、見つけるたびに わき芽を摘んでいた。
茎と葉の間から出るわき芽は摘み取ります。園芸用語では「芽かき」といいますが、私は「わき毛処理」と呼んでいます。
ところが、ソバージュ栽培は、その世話をほとんどしないという。それでトマトがこんなに元気に育つのなら、考えを改めなければならないな。
私はすぐに決めた。
「来年はこれをやる。トマト任せなんて、ずぼらな私にぴったりじゃないか」
なにより、葉がそよぎ、実が鈴なりに揺れているこの美しいトンネルを、私の畑にも作りたい!
白いワンピースで、麦わら帽子のリボンをなびかせながら、「ウフフ、アハハ」と笑顔でここを駆ける自分を妄想していました。もちろん、スローモーションで。
毎日がトマト祭り
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