「で。悩みがあるんだよね? どうしたの?」
何から話せばいいのか分からなかったけれど「恋系? 仕事系?」「好きな人がいるの? 片想い? 両思い? 恋人?」「いつ出会ったの?」「どこで?」「それから?」「1回目のデートはどこへ行ったの? 何時に集合して、何をして、何時に解散したの?」「どう思ったの?」「性行為は?」「それはどうして?」「その後の連絡は?」と、次々に出てくるハナコからの問いかけに誘導される形で、この1年の拓海との日々を話した。
どれも簡単な質問だったけれど、答えているうちに、いつの間にか、複雑な全てを説明できてしまっていた。経緯も状況も気持ちも、どれもなかなかこんがらがっていたのに、ものの数分で悩みを打ち明け終わっていた。普段から話下手な方ではないけれど、それにしても今日はなめらかに話せる。この人の相づちは、なんだか、魔法みたいに話しやすくなる。
魔法使いは、終始メモを取っていた。江梨子が話したことを、ひたすらノートに書き込んでいる。早く書くための工夫なのか、書き込みはキーワード化されていて、江梨子には読めないメモでノートがびっしり埋まっていく。
「なるほどねー、それで、今日はドタキャンだったんだ」
「はい……」
「ちなみに、拓海くんとのLINEのやりとりって、見せてもらってもいい?」
「え、あ、はい、どうぞ……」
友達に見せるのは抵抗があるトーク画面も(拓海に対しても悪いことをしている気がするし、自分が送ったものを見られるのも気まずい。頑張ってるのに実ってないし。ひどい扱い受けてるし。こんなの恥ずかしくて見せられない)、ここまで赤の他人が相手だと、なんだか、すんなり見せられた。
江梨子は思う。このハナコという女性と私の人生が交わることは、この部屋以外では、きっと一生ないだろう。拓海と出会うこともなさそうに見える。なんというか違う世界の人に見える。極端な美人というのは、自分たちとは違うネットワークで生きている気がする。
どこまで遡っているのか、ハナコはしばらくの間、ひたすら画面をスクロールして見入っていた。そして「なるほどー」と納得した様子で、スマートフォンをテーブルに置いた。
「江梨子ちゃんは、拓海くんの彼女になりたい、のかな?」
「……はい。でも、拓海が私のことをどう思っているのか、よく分からないし……私がこの先、彼女になれる可能性ってあるんでしょうか?」
「現状、拓海くんは江梨子ちゃんのことを、どうも思ってないと思うよ。とくに好きなわけじゃないだろうし、暇な時間ができた時に、暇をつぶすのに都合のいい相手なんだと思う。この先、江梨子ちゃんを彼女にする気は、ぜんぜんないと思うよ。今は、ね」
あまりにもハッキリ言われたので、少しムッとした。そしてほとんど反射的に、江梨子は自分をかばう材料を探した。
「まあ……そもそも彼女いますしね……私がどうとかの前に、彼女いるから無理ですよね……」
そうだ、私がどうとかの前に、拓海には2ヶ月前から彼女がいる。その時点で、もう無理なのだ。
「いや、今回の彼女は、そんな気にするほどの大物じゃないから大丈夫」
「えっ」
「それにね、全体的に、ポイントは、そこではなくて」
「……?!」
「これは全ての恋に言えることだけれど、大事なのはね『今どう思われているのか』じゃなくて『ここから、どう思われたいのか』だよ。それにね、江梨子ちゃんの状況だと、今は『現状、彼女になれる可能性があるのか』を測ってる場合じゃなくて、『今後、どんな行動をとれば、彼女になれる可能性が生まれるか』って考えた方がいい」
「…………!!」
「そんな風に、今だけを切り取ってたら、諦めるしかないことばっかだよ。でも大丈夫だから。ここから、って考え方をして『拓海くんの好きな人になるための作戦』を立ててみようよ」
拓海の、好きな人になるための、作戦……?!
*
いつだって「今」を見ていた。誰かの気持ちを測る時は、その人との間に今まで起きたことを元に「こんな風に言ってたから」「ああいう態度だったから」と思い返しては、期待したり諦めたり、可能性を探って生きてきた。
ここからの行動で、今は持っていない可能性を、新しく生む? そんなこと考えたこともなかった。
「拓海くんに、好きって伝えたことある?」
「え、あ、ないです。だって、好きって言われてないのに、自分だけそんなこと言ったら負けてるみたいで悔しいし。ここで好きって言ってしまったら、もうこの女は俺の思い通りだなって満足されて、一生、彼女にしてもらえなくなる気がするし、どんどん都合のいい女扱いされそうで」
「いや、でも、現時点で思い通りになってるよね(笑)。彼の都合に合わせてスタンバイしてるし、付き合えてないまま結局寝てるんだから、都合のいい女扱いとかじゃなくて実際にめちゃめちゃ都合のいい女だし。
彼女にならなきゃ寝ないっていう本来の自分の方針を曲げてまで会いたがって、適齢期の大事な1年を捧げてるんだから、負けてるみたいも何も、完全に負けてるよね。実際に、現実的に(笑)」
「たしかに……」
「まずね、1回目のデートの時に、江梨子ちゃんは、いくつかのミスをしてたよ」