「まさか、スリに遭った?」
フェリー乗り場のあたりを見まわしても誰もいない。
閑散としたフェリー乗り場の横には簡易食堂が併設されているが、そこを探しに行ってもサヨコはいなかった。
(サヨコがユウカが出てくるのを待ってお茶しているという推測も消えた)
事の重大さをリアルに認識してくると、だんだん動悸があがってくる。胸の内ポケットのお金が消えたことで、頭に微かに残っていたアルコール成分もいっぺんに消えてしまった。ノドはひりひりと乾いてくる。
フェリー乗り場の駐車場を出てしまうと、そこは人家もまばらにしかない寂れた港町だった。一軒だけあるお土産物屋では「名物 酒まんじゅう」のノボリが立ってひらひらと風に揺れている。
フェリーの中で見かけた船客たちもどこへ行ったのだろう。ジャージ姿の学生たちは? 家族連れは? サヨコは……?
波の瀬音しか聞こえない寂れた港町でフラフラと白昼夢を見ているような感覚がする。
「そうだ、まだ船の中に残っているかもしれない。落としたのかも」
ユウカは、自分がそうあって欲しいという願いを現実のように思い込もうとした。昔、元彼が自分の元を去った時と同じように、見たくない現実は存在しないように思おうとした。
スーツケースをくるくると転がしながらフェリーに急いで戻ろうとしたら、係りの人間がさっと出てきてユウカの前に立ちふさがった。メガネをかけたひょっろっと痩せた風貌の男の人だった。
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