僕の先入観を打ち砕いた、イケメン男子生徒の情熱

都内の某私立高校で教師をしている30歳前半の海老原さんが、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていく本連載。今回は、少女マンガに出てきそうなイケメン男子生徒のお話です。海老原さんの経験上、容姿に恵まれた少年というものはたいてい勉強しないものだそうですが、果たして彼は……?

この子は絶対モテキャラだな。

今の高校に勤務しはじめた一昨年4月、担任クラスをのぞいて最初に教壇に立ったのは、2年世界史のクラスだった。

そのときから、彼は一風ちがっていた。いかにも少女マンガに出てきそうな顔立ち。笑っちゃうくらいのキラキラオーラが出てるのだ。

容姿を武器に人生を勝負し、駆けるのはありだと思う。

にしても、そういった少年てのは勉強しない! 以前勤めていた高校で、僕はそう思ったことがある。「俺は頭じゃ勝負しない」とでも割りきってるのか? 学力不振を前に、僕はしばしば嘆息していた。

うーん、この学校で出会った彼も、どうも初回の授業からちょいとチャラけた雰囲気だし、同じ部類かな……。俺の人生じゃないし、まいっか。勝手にそう醒めながら、4月を終えた。

だが、僕の安っぽい先入観は、5月以後きれいに打ち砕かれたのだった。

彼は「ズルい」男子だった

最初、彼の反応に「おや」と思ったのは、375年に始まるとされるゲルマン人の大移動(なつかしいでしょう?)のとき。その一派にヴァンダル族というのがあって、彼らは、ローマの文化財を略奪・破壊してまわった。

その故事をもとにした英単語が、vandalize(〔文化財などを〕破壊する)。

イスラム国(IS)が中東の歴史的文化財を破壊していることに関する英文記事を見せ、僕は「ここで使われてるvandalizeってどういう意味? ヴァンダル族のやったことから推測してみ〜」と生徒にたずねた。

わかるわけないっしょ。そんな反応がクラスの大勢だった。一方、前から3列目にいたその男子は思案顔で、紙の辞書を引きはじめた。僕はちょっとおどろいた。辞書を引くという表現(行為)が死語になりつつあるくらい、高校は電子辞書の天下だから。

「あった。やっぱし。壊す、ね!」

僕は授業しながら、チープな先入観を反省した。

その子は、とにかく緻密な、いじわるく言えば神経質そうな字でノートを取っていた。大学ノートの上部に印字された「・」に沿った字間をあけつつ、ノートを「もてなす」ともいうべき丁寧さ。オリジナルのイラストまでつけている!

1学期のテストの出来は、90点を超えた。

これは……。彼は容姿に加え、頭も冴えてる点で“ズルい”男子だった。知性という金棒を備えつつある美しき鬼だった。

お世辞にも容姿に恵まれたとはいえない新米世界史教師の僕は、その金棒にさらなる磨きをかけようと、授業に力をこめた。

ふつうに生きてれば、美貌はやがて朽ちる。十代のころのみずみずしさを15年後、30年後も保ってるのはむずかしい。かたや、美しさに対し、知性は長持ちする。だから、まったく余計なお世話だけれど、僕は彼との放課後の雑談や相談の際、何度かこう伝えた。

「“単なる”イケメンで満足しちゃダメだと思うぞ。もっともっと頭を磨くべし」

不細工教師のやっかみと受け取られただけだろうけど(笑)、僕は本音を伝えたのだった。鬼は、その度ハニかんだ。

解答用紙に書きこんだ怒りの「0」

その鬼が、初めて手を抜いた。

3学期、冬休みあけの確認テスト。2学期の授業内容から出されたそのテストは、ごく基本的な問題を四択形式で出したもの。彼の実力なら、満点を取ることはお茶の子さいさいだった。

うんっ!?……。採点した僕は、うなった。記号の解答がすべて「イ」だったのだ。

あいつめ、ぬかったなっ……!

高校生たるもの、手を抜くことだって、そりゃある。ぬくぬくおコタでミカンをほおばって、ぐうたらする時間も大事だ。けれど、採点していた僕の感情は怒りに支配されていた。

2学期までのさまざまなテストでは無双だった鬼の戦意喪失に、面くらったのだ。

僕は、A4の解答用紙に目一杯でかでかと、怒りの「0」を書いた(すべて同じ選択肢を書いた場合は「0」となることを、事前に生徒には伝えてあった)。

後日、答案を返却された彼はおどろいていた。同じ選択肢を記入した場合のルールを失念しており、まさか0点とは思ってなかったという。

授業後、僕は彼を呼びだした。

「俺の知ってる努力家の少年はどこに行ったんだ!? おふざけにもホドがあるんじゃないか? ちょっと、とまどうね……。で、3学期末の試験は何点取るの? 俺は100点しかねーだろって思うけどな(怒)!」

大きな声でそう吐いて、僕はすたすた立ち去った。彼の表情を目に入れることもなく。

頭ではわかっていたけれど

教員室に着いた僕は、いつものことながら猛烈なる反省タイムに入った。

教職課程では、いっとう最初に学ぶ教師のイロハ。それは、「怒る」と「叱る」はちがうということ。前者は高ぶる感情、後者は教育効果を計算した上での理性。

やっちゃった……。ぬかったのは僕のほうだった。あの「0点」が何かのSOSだとしたら? 家庭で何かあったのか? 友だちとのトラブルは? こういった想像力が働いてもいいはずだった。

なのに、生徒への手前勝手な期待が一度肩すかしを食らっただけで、この体たらくだ。怒って立ち去る甘ちゃんだ。僕がいても立ってもいられず隣席のベテラン国語教師にざんげすると、彼はこういった。

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教室では言えない、高校教師の胸の内

海老原ヤマト

一般企業に就職した後、私立高校で先生をすることになった30代前半の新米教師が、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていきます。教室や職員室での悲喜こもごも、そして生徒の言葉から見えてくる、リアルな教育現場とは?

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