鹿野 護(映像作家 / アートディレクター)→小川洋子(小説家) Vol.2「物語はどのように作られるのですか?」

今回のインタビュアー鹿野 護さんは、ヴィジュアルデザインスタジオWOWに所属し、映像制作やインターフェースデザインを手がける傍ら、サイト「未来派図画工作」や展覧会などにおいて自らの作品を発表しているトップクリエイター。そんな彼がインタビューするのは、91年に『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞し、その後も『博士の愛した数式』をはじめ数々のヒット作を世に送り出し、昨年12年ぶりとなる書き下ろし長編小説『ことり』を発表した小川洋子さん。「映像」「言葉」「物語」「科学」などさまざまなキーワードが飛び出す刺激的な対話になりました。

なぜ科学的な題材に惹かれるのですか?

Q.新刊の『ことり』にしてもそうですし、以前に書かれた『言葉の誕生を科学する』など、なぜ言葉の起源に着目しているのですか?

小川:これまで小説を書き続けてきて、今頃になって気づいたんですけど、私が心惹かれるものは、数学でもチェスでも、言葉に頼らない世界なんですよね。そういうものこそ書きたいと思う。私にとっては、人間同士が言葉をぶつけあっている恋愛小説のようなものよりも、人と人が出会い、黙ってチェスをする世界の方が物語的なんです。そう考えていくと、「動物はこんなにたくさんいるのに、なぜ人間だけが言葉を喋るんだろう」という疑問が出てくる。人間も最初の段階では、他の動物と同じように言葉を持たないという選択肢があったはずですよね。もしかしたら人間の中には、本当は鳥なんかと同じように言葉を持たない方向に行きたいんだけど立ち往生してしまっているタイプもいるんじゃないかと。そういうところから『ことり』のお兄さんが生まれたんです。

Q. 小川さんの作品には科学的なモチーフがよく登場しますが、それらが物語の中に編み込まれていくと、ものものしさのようなものがなくなっていくんですね。たとえ数学を知らなくても、その世界が心の中に自然と入ってくる感覚があります。


小川:科学の世界というのは、非常に論理的に成り立っていて、その論理の正しさというものに科学者は人生をかけるわけですよね。逆に小説の場合は、登場人物の名前、人種、容姿などにしても、ある種の曖昧さを許してくれる。そういう意味で両者には隔たりがあるように思えるけど、科学者が追求している世界や、数学者が数式で表したいと思っている対象というのは、実はスゴく曖昧で、まだ誰も発見していない世界を相手にしているんですよね。その曖昧な世界を、彼らは論理的に記述しようとしている。小説家にしても、例えば人間の心のような、言葉にできないくらい曖昧なものを扱っている。この世界のあり様を、自分の目で確かめたいという欲求においては両者に差はないと思っています。

Q. どちらも対象にしているものが大きく曖昧なものなんですね。

小川:そうですね。科学者や数学者と接していると、非常にロマンチストで、とても小説的な人物だと感じます。私も今日の鹿野さんと同じように、まったく違う分野である彼らに取材をすることがあるんですね。最初はスゴく不安な状態で行くんですけど、「よくぞ自分の研究対象に興味を持ってくれた!」という感じで、生き生きとわかり易い言葉で語ってくれるんですよ。彼らは、業績を認められるのが死後数百年経ってからかもしれないという世界に生きています。自分はその成果を見届けられないかもしれないけど、何か世の中の役に立つかもしれない。その寛大さや謙虚さというのは、ゼロからものを作っている小説家のような人間からすると本当に驚きです。例えば、フェルマーの最終定理を証明して何の役に立つんだと思うけど、それに一生をかけてしまえる褒め言葉としての馬鹿馬鹿しさや人間の尊さのようなものを、科学の世界の人たちは教えてくれるんです。


(左)『言葉の誕生を科学する』(2011)、(右)『物語の役割』(2007)

物語はどのように作られるのですか?

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