連載時期による作風の違い―垂直テイスティング
『ドラえもん』の聖典たるてんコミは、複数の掲載誌にまたがった作風の異なる作品群を一緒くたに収録している。収録順は概ね(あくまで概ね)執筆年順だが、1つの巻で作風や画調、のび太の知的レベルや性格設定に振れ幅があると感じられるのは、こういうわけだ。
それを踏まえたうえで、今度はてんコミを1巻(74年刊行)から順に読んでいくと、連載時期による作風の変化に驚くだろう。これが「垂直テイスティング」である。
学年誌での最終回が掲載された第6巻まで(1〜6巻:すべて74年刊行)には、過激なドタバタギャグの回が目立つ。セリフも過激で、道具による大騒動・大失敗が派手に展開する。教訓的な話はあまりみられない。本能に基づいた欲望を叶える、一発逆転系のシンプルな機能をもった道具の存在感が大きい。
ひと桁巻台後半〜20巻台前半(7〜24巻:75〜82年刊行)は、最も脂が乗った「原作黄金期」と名づけたい。初期のドタバタ感は減退しているものの、道具のイマジネーション、プロットの完成度、物語が帯びる批評性やアイロニーのバランスがもっともとれている時期だ。
20巻台後半〜30巻台中盤(25〜37巻:82〜86年刊行)になると、物語のトーンがぐっと落ち着いてくる。ある種の保守本流感、大人が子供に買い与えるべき安心作の風格をたたえはじめる。名作回と名高い「のび太の結婚前夜」は25巻収録だ。
ホビー系の道具が増えてくるのも20巻台後半から。10巻台くらいまでの道具の効能が、「白物家電の発明による生活の一変」にたとえられるなら、20巻台後半以降は「情報家電の高度化による娯楽の多様化」。27巻の「本物電子ゲーム」や、28、29巻の「プラモ化カメラ」、31巻の「未来のチョコQ(チョロQのパロディ)」などはその最たるものであり、のび太の遊びライフを充実させるだけの道具が増えてくる。
30巻台も20巻台の傾向を引き継いでいるが、後半にいくにしたがって物語の毒が抜けてくる。アイロニー的な要素は減退し、「おじいちゃんが孫に絵本を読んであげている」かのような感覚に包まれるヌルい話が混じってくるのだ。プロットの切れ味も鈍り、単発の思いつきに物語が無理やり付随しているような印象も受ける。
30巻台終盤から最終45巻にかけて(38〜44巻:86〜93年刊行、45巻:96年刊行)は、最晩年の作品が収録されていることもあり、端的に言えば「ネタ切れ」感が否めない。物語だけでなく道具のイマジネーションも格段にレベルダウンしており、かつて登場した道具とほぼ同じ機能を持つ別の名称の道具が焼き直し的に登場したりもする。毒にも薬にもならないジョークグッズ的な道具(41巻「時限バカ弾」等)がお茶を濁すのも、いたたまれない。なお、短編としてのドラえもんが最後に描かれたのは1991年であり、以降は長編・中編のみ執筆されている。
もちろん、ネタが練られていない話は初期や中期にもあっただろう。しかし、それらは「ベスト盤」たるてんコミに収録されなかった。当時はそれだけ、てんコミ収録に値する良作の絶対数が多かったからだ。晩年、かつてほど良作が生み出されなくなり、てんコミ収録の判定基準が甘くなったのは明らかだ。
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