第190回 数の謎、いにしえの謎

「数が並んでいるだけで、謎が生まれるみたいですね」とテトラちゃんは言った。
【お休みの予告】

結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第190回を迎えることになりました! みなさまの応援に感謝します。

さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 このWeb連載の更新を2017年4月14日までお休みさせてください。

日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定

・2017年3月17日(金)第190回更新
・2017年3月24日(金)お休み
・2017年3月31日(金)お休み
・2017年4月7日(金)お休み
・2017年4月14日(金)お休み
・2017年4月21日(金)第191回更新
・(以後、毎週金曜日更新)
「数学ガール」って、どれから読めばいいの?

「数学ガール」って本、たくさん出てるんだけど、いったいどれから読めばいいの? ……という方は、 こちらをお読みください!

「数学ガール」って、どれから読めばいいの?
登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。
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双倉図書館にて

双倉図書館(ならびくらとしょかん)で開催されているイベント《いにしえの数学》では、 さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。

僕たちはこれまで、 古代エジプトのヒエログリフ(第181回第182回参照)、 古代バビロニアの楔形文字(第183回第184回参照)、 古代ギリシアのタレスとピタゴラス(第185回第186回参照)、 それに古代中国の『九章算術』(第188回)などの展示を見てきた。 いや、見てきただけじゃない。パネルに示されているクイズにも挑戦してきた。

そして、次なるクイズは……?

ユーリ「お兄ちゃんもテトラさんも、早く早く! たっくさんパネルがあるから、全部まわるのに時間足りなくなるよ!」

「そもそも、全部まわるなんて無理だって、ユーリ。ミルカさんは古代バビロニアの方に行ったらしいから、そっちを見ようよ」

ユーリ「楔形文字(くさびがたもじ)は、さっき見たし……」

「古代バビロニアの部屋のパネル、全部は見てないよ」

テトラ「たくさんありましたものね」

こんなふうにして、ユーリテトラちゃんは《古代バビロニアの部屋》へまた戻ってきた。

古代バビロニアの部屋

古代バビロニアの部屋で、ミルカさんは一つのパネルを眺めていた。

ユーリ「あ、ミルカさまだ。パネルクイズを見てる!」

プリンプトン322

以下はプリンプトン322と呼ばれる粘土板に書かれたものである(紀元前1800年頃)。 これはいったい何を表しているのだろうか。想像してみよう。



※注意:$(\quad)$は、六十進法表記による一つの数を表す。

ユーリ「バビロニア……ってことは、六十進法?」

テトラ「そう書いてありますね」

「数の表ってことなのかな。ミルカさんはこのクイズを考えていたの?」

ミルカ「……」

ミルカさんが無言なので、僕たちも自然と無言になり、 しばし、このパネルを見つめていた。プリンプトン322を。

ミルカ「……いや、私もいま見始めたところだよ」

ユーリ「六十進法だと、よくわかんない」

テトラ「いえ、じっと見ていると、わかることはありますね。たとえば、いちばん右の第$4$列を縦に読むと、$1,2,3,\ldots,15$と順番に数が並んでいます」

プリンプトン322の第$4$列を観察する

ユーリ「あ、そだね。六十進法だけど、各桁は十進法だから?$0$から$59$までは十進法なんだよね」

「そうだったね」

ミルカ「他にもわかることはある。第$1$列の最上位を縦方向に見てみると、$59,56,55,\ldots,25,23$のように大きい順に並んでいるように見える」

プリンプトン322の第$1$列の最上位を観察する

「確かに」

ミルカ「しかし、それ以上の観察はちょっと難しそうだ。リサはどこかにいないかな」

テトラ「リサちゃんは、さっき一瞬いましたけど」

リサ「《ちゃん》は不要」

テトラ「……って、いらしたんですね」

ミルカ「これを、十進法の位取り記数法に変換できる?」

リサ「可能」

プリンプトン322を十進法に変換する

「うーん、ずいぶん眺めが変わるなあ」

ユーリ「第$4$列は変わんないね。$1,2,3,\ldots,15$だから」

ミルカ「第$1$列は極端に大きくなった」

テトラ「それに比べると、第$2$列と第$3$列は《だいたい同じくらいの大きさ》になっていますね。たとえば、第$1$行目は$119$と$169$で、およそ$100$ですが、 第$4$行目は$12709$と$18541$で、どちらもおよそ$10000$です」

「確かに……」

ユーリ「シャキーン! ユーリ、ひらめいちゃった!」

テトラ「なんでしょう」

ユーリ「あのね、数の列だから、これって数列じゃん? 数列ときたら階差数列をとってみなくちゃ! たとえば、この第$2$列の階差数列!」

階差数列をとってみる

ユーリ「ありゃ? めちゃめちゃ」

「うーん……これはちょっと違うんじゃないかな。第$2$列を縦に見ると、数十のものもあれば、一万超えるものもあるからなあ……」

ユーリ「そっか」

ミルカ「むしろ隣同士はどうだろう」

テトラ「あっ、あたしもそれをいま思っていました」

ユーリ「隣同士って?」

テトラ「あのですね。第$2$列と第$3$列はほぼ同じくらいの大きさの数じゃないですか。これの差を求めてみるんですよ」

ユーリ「$119 - 169 = -50$とか?」

テトラ「そうです」

ミルカ「リサに表の形にしてもらおう」

リサ「できてる」

第$2$列と第$3$列の差をとった

「ああ、列に名前を付けたんだね、$A,B,C,D,B-C$って」

テトラ「これでは、$B-C$は全部マイナスになってしまいますね。$B < C$ですから」

リサ「$C - B$に修正」

第$3$列と第$2$列の差をとった

ユーリ「テトラさん、これも違うんじゃない? $50$になったり、$1458$になったり……」

テトラ「それはそうなんですけど……」

ミルカ「$0$か、$2$か、$8$になるのはなぜだろう」

テトラ「何の話ですか?」

ミルカ「$C - B$をよく見る。一の位は必ず$0$か$2$か$8$になっている」

ユーリ「$5\underline{0}, 145\underline{8}, 204\underline{8}, 583\underline{2}, \ldots$ほんとだ、全部偶数!」

「でも、$4$や$6$にはならない?」

テトラ「確かにそうですね」

「これは……」

ミルカ「これは、素因数分解したくなる」

リサ「$C - B$の素因数分解」

《第$3$列と第$2$列の差》を素因数分解した

ミルカ「なるほど」

ユーリ「?」

テトラ「?」

「うーん、$C - B$には、素因数が$2$と$3$と$5$しか出てこないってこと? たとえば、$7$も$11$も出てこない」

テトラ「あっ、ほんとですね……でも、それは何を意味するんでしょうか」

ミルカ「私にもわからない。しかし、$2,3,5$は$60 = 2^2\times3\times5$の素因数ではあるな」

「そうだ、$C + B$の素因数も同じじゃない?」

第$3$列と第$2$列の和と差の素因数分解

「ほらやっぱり! $C-B$も$C+B$も、素因数は$2,3,5$だけなんだよ」

テトラ「でも、やっぱり……それが何を意味するか、あたしにはわかりません」

ミルカ「第$11$行目はシンプルだな」

ユーリ「素数って、$$ 2,3,5,7,11,\ldots $$ だよね……」

「六十進法に関連しているのかな……」

ユーリ「お兄ちゃん! 《逆数表》じゃない?」

「逆数表?」

ユーリ「ほら、バビロニアの《逆数表》には$7$と$11$がなかったじゃん?」

バビロニアの《逆数表》



第184回参照)

「うん、そうだったね。言い換えると、バビロニアの《逆数表》には$2,3,5$を素因数に持つ数しか出てこない……か」

ミルカ「ふむ、なるほど。逆数が六十進法の有限小数で表記できる数になるということか」

テトラ「みなさん、ちょっとお待ちください。テトラは迷子になっています。差を取ったり、和を取ったり、素因数分解したり、素因数の種類を調べたり……はいいのですが、 それで、$B$列や$C$列はわかるんでしょうか」

ミルカ「わからないから、いろいろやってみるんだろう? テトラ」

テトラ「そ、それはそうですね……」

「$C - B$や$C + B$は、素因数として$2,3,5$以外は持たない。いいかえると、$C - B$も$C + B$も、逆数を六十進法で表記したとき、有限小数で表記できる。 そして《逆数表》で逆数を計算しやすい数である……」

ユーリ「あれ? 素因数として$2,3,5$以外は持たないって、この表の数は全部そーなんじゃないの?」

「いや違うよ。たとえば$B$列の最初は、$119 = 7\times17$だから、$7$や$17$という素因数が入ってる」

ユーリ「そっか……」

テトラ「$C - B$と$C + B$ばかり追ってていいんでしょうか。あまり先には進めないような気がするんですけれど」

ミルカ「いや。いま、二歩くらい進めたよ。ユーリが教えてくれた《逆数表》がヒントになった」

ユーリ「何がわかったんですか?」

ミルカ「リサ、$C + B$と$C - B$を掛けてみると?」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

wed7931 もしピタゴラス数に関する表なら、数千年前の人はどんな数学の武器を持っていたのかが気になる。何もないところから人間はどこまで数学を構築できるのか? 3年弱前 replyretweetfavorite

chibio6 45°から30°くらいまでのタンジェントの二乗を表記することで何が分かるのだろうか? 気になる。 3年弱前 replyretweetfavorite

alex_sherias いにしえの数学展実際にやってくれないかな。 3年弱前 replyretweetfavorite

aramisakihime だから最初のパネルの《問いかけ》も「想像してみよう」なんですね。謎もトークも圧巻です。ごちそうさまでした。 3年弱前 replyretweetfavorite