少年のキスに喝采を送る男達 アレクサンドロスの2人の恋人【後編】

長かった連載もついに最終回! 世界征服の旅を終え、帰途についたアレクサンドロス大王は、その道中、闘う男たちへの慰安のため、合唱コンクールを開催する。そこで、優勝した王の恋人、宦官バゴアスに男達が要求したこととは!?
劉邦の宦官』や『九度山秘録』で話題の、新進気鋭の歴史小説家・黒澤はゆまが、歴史のなかの美少年を追って世界中を飛び回る人気コラム!

少年たちを去勢から救ったサモス人

自国を訪れた、300人の子供が満載のコリントスからの船。

その目的が子供たちを、領主の復讐のため去勢してしまうことだと知った、サモス人は義侠心にかられ、一計を案じます。

こっそり子供たちをそそのかすと、アルテミスの神域に逃げ込ませたのです。

当然、コリントス人は抗議してきますが、「子供たちが自分からお参りに訪れたのですから、こちらはどうすることも出来ませんよ。それともまさか神域を汚す気で?」と白を切りました。

しかし、コリントス人もさるもので、兵糧攻めに作戦を切り替えてきます。お腹が減れば子供たちも出てくると考えてのことでしたが、これに対してもサモス人は対策を講じました。

すなわち、自国の少年少女たちの腰にゴマと蜂蜜入りのお菓子をくくりつけると、毎日祭りを催して、神域内で歌い躍らせたのです。

ケルキュラの子供たちはそのお菓子を奪って餓えをしのぐことが出来ました。

このお祭りはコリントス人が根負けするまで続き、彼らが去ると、サモス人はケルキュラの子供たちをわざわざ海軍まで動員して母国に送り届けました。

大体、胸糞悪い結末に終わることが多い古代において、珍しくハートウォーミングな話ですが、このエピソードから分かることが二つあります。

一つはギリシャには人間を去勢する技術がなくわざわざペルシアまで送らなくてはならなかったということ。これは民主主義の政体のうえ、規模が都市国家どまりのギリシャにおいては、アジアのような巨大な権力の集中がなく、そのため宦官が必要なほどの後宮の存在もなかったためと思われます。

もう一つは、自勢力圏ではさほど宦官の需要がないはずのギリシャでも、都市国家間同士の争いで捕虜を得ると、宦官用にペルシアに売り飛ばすようなことをしていたということです。

またサモス人の義侠心は確かに美談なのですが、仮にこれがトラキア人やスキタイ人といった、当時のギリシャ文化圏では野蛮人とされた人々の子供だった場合、同じことをしたかという点は、心もとないところがあります。

敵の児童を断種するという発想の底には、以前「傷ついた男は〝男の娘〟に癒される 劉邦にひざ枕していた謎の美少年【後編】」の回で述べた通り、異種族に子孫を作らせず、未来永劫に渡って屈服させてしまおうという悪魔じみた情念が青黒くちろちろと燃えているのです。

美少年宦官バゴアスの正体

以上のように考えていくと、アレクサンドロス大王の前にあらわれた美少年宦官、バゴアスもまた、ギリシャからペルシアへ不幸な生い立ちのため、宦官にされるため売り飛ばされた子供だった可能性があります。

実は、アレクサンドロスの性愛に対する倫理観の強さは、女性のみならず、少年に対しても発揮されていて、彼の部下が「美少年二人を売りたいという者がいるのですがどうしましょうか?」と手紙を送ってきたときは、「一体、自分をどんな人間と考えて、こんな不届きなことの手助けをするのか?」と怒鳴り散らしたという話が残っています。

そんな彼がバゴアスだけは、手元に置こうとしたのは、彼の美しさのみならず、宦官という身の上に深く同情し、解放したとしても不幸な結末しか待っていないと思ったからでしょう。

数奇な運命からダレイオスからアレクサンドロスへと、二人の大王の閨を渡り歩くことになったバゴアスですが、ヘファイスティオンと同じく、彼もアレクサンドロスにとっての臥所(ふしど)の友であるだけでなく、有用な部下ともなりました。

彼は言語能力に優れていたようで、ペルシア語、ギリシャ語はもちろん、多民族国家だったペルシア領内の各民族の言葉を解することが出来ました。そのため、スキタイの一部族サカエ族の外交団がアレクサンドロスの元を訪れたときは、接待することを命じられています。

この時の記事に、彼とヘファイスティオンの容貌を比較した記述があるので、ご紹介しましょう。

「彼はまだほんの少年だったけれども、その愛らしさによって大王から愛された。顔立ちの秀麗さにおいてはヘファイスティオンとほぼ同等だが、男らしい魅力に欠け、雄々しいところはほとんどなかった」

鍛えられた戦士としての肉体美を誇るヘファイスティオンに対し、バゴアスの美しさははかなく繊細で中性的なものだったようです。

普通、男色家は年少の少年を愛するものは少年だけ、同年代の青年を愛するものは青年だけになるものですが、アレクサンドロスはどちらもいけるクチだったのですね。その上、受け手になることも好んだかもしれないとなれば、これは日本の誇るリバーシブル物件、藤原頼長様と同じ‼ 真の英雄は、ベッド上の振る舞い如何で、男らしい男らしくないを云々するくだらない議論とは無縁ということなんですね。

観衆の前で少年宦官にキスしたアレクサンドロス

ペルシア帝国を打ち倒し、私生活においても、ヘファイスティオン、バゴアス、男性美の両極に位する恋人を得たアレクサンドロス大王。

ここから、人生はさらなる登り坂に向かうかと思えば、あにはからんや、むしろ陰りが見え始めます。

ペルシア征服後も大王は遠征を辞めず、さらにインドを目指して西へ西へと軍を進めるのですが、中央アジアでの戦いは、現地民のゲリラ戦法に苦しめられ、泥沼のジェノサイド戦の様相を呈してきました。

アムダリア川流域では2万を超す敵が斬られ、ガザの街では成人男性のすべてが殺されました。キュロポリスでは8千の兵が死に、ポリュメントス川の近くの砦に逃げ込んだ住民たちは老若男女の別なく虐殺されます。

血で血を洗う戦いの連続に兵達の心は荒廃。マケドニア人としての誇りを捨てるような、大王のペルシア人優先の民族融和策への反発もあり、将兵の士気は低下しました。鉄の結束を誇ったヘタイロイ内部も、民族融和派とマケドニア至上主義派に別れ、ギクシャクしはじめます。

こうして孤立を深めていく大王を支えたのが、ヘファイスティオンとバゴアスでした。彼らは民族融和派で、マケドニア至上主義者の多かったヘタイロイと大王との溝が深まるなか、二人の存在感は増していきます。

特にヘファイスティオンの躍進は著しく、苦しかった中央アジアでの戦いを経て、ようやくインダス川のほとりについたころには、副将として独立した別働隊を任されるまでになります。

バゴアスも諸部族の慰撫に貢献したようで、インダス川を下る軍艦の船長には、名誉職の色が強いものの、綺羅星の如き将軍連とともに、彼の名も並びました。

しかし、ヒュダスペス河畔の戦いで、パンジャブのポロス王に、勝利をおさめたところで、将兵たちの不満と疲労も限界に達しました。

彼らは職務をボイコットし、ガンジス川を前にこれ以上の遠征を拒否します。いかなアレクサンドロスとはいえ、兵たちが付いてこないのなら、これ以上の戦いはあきらめる他ありませんでした。こうして世界を征服するという大王の夢はついえたのです。

東へ帰る道中、バゴアスに関する一つの逸話が残っています。

カルマニアの街を通りかかった際、アレクサンドロスは慰安のため、合唱コンテストを催したのですが、これに歌と踊りの才に長けていたバゴアスも参加しました。

ギリシャのアウロス、ペルシアのバルバット、インドのタブラ。マケドニア兵が足跡を印した国の楽器が励ますなか、声変わりを知らぬ清らかな喉がゆるゆると音を奏ではじめます。数え切れぬ死を宿しながら、少年の瞳は豊かに潤み、インドの北、巍巍たるヒマラヤの彼方から来る薄絹(セールコン)を通じて、薔薇色に染まる肌えが輝きます。攻略した街々から奪った宝石が少年の動きにあわせてキラキラと輝き、その歌声は戦士たちの耳に少年神エロスの愛と勝利の歌のように響きました。

審査を待つまでもなく、優勝の栄誉は少年にこそふさわしいものでした。

万里を旅し、数千の村落、数百の街、数十の部族、いくつもの国々を滅ぼしてきた、マケドニアの男たちが拍手し、足を踏み鳴らして叫びます。

「大王、少年を抱きしめろ! キスをしろ!」

もちろん大王に否やはありません。彼はバゴアスを抱きしめると、戦場の火照りのまだ消えぬ戦士たちの歓呼の声のなか、ありったけの愛をこめてキスしたのでした。

アレクサンドロスと二人の恋人の最後

BC334年、ペルシアの王都の一つ、スーサに帰還したアレクサンドロス大王は、マケドニアの将兵と、征服部族の娘たちとの合同結婚式を催しました。

自身もダレイオス王の娘、スタテイラと結婚します。

特筆すべきは、ヘファイスティオンを、スタテイラの妹、ドリュペティスとめあわせたことです。大王は妻たちを通じて、ヘファイスティオンと義兄弟になろうとしたのでした。彼はヘファイスティオンが子をなして、自分の子供といとこ同士になることを期待していたといいます。

自分たち二人が死んだ後、帝国を支える次世代の礎になって欲しい、そんな願いの込められた二つの結婚でしたが、運命ははかないものでした。

同年秋、熱病(恐らく腸チフス)にかかったヘファイスティオンは、一時小康を得ながら、医師の忠告を聞けず、冷たい酒を喰らって、急死してしまいます。

最愛の友の死を知った、アレクサンドロスの悲しみと怒りは、人というより神話の神々の範疇に入るものでした。おびただしい財物と血が浪費されます。医師はしばり首にされ、パトロクロスの霊前にトロイの子供12人の首が捧げられた故事をならって、まったく無関係のコッサイオイ族がせん滅されました。

馬とラマの毛が刈られ、街の胸壁が破壊され、ペルシア中のお寺の聖火が消えます。

そして、バビロンの街に天突く高さまで積み薪を築かせると、アレクサンドロスは親友の亡骸を荼毘に伏しました。世界最強の軍団の嘆きの声、ギリシャからインドにかけてありとあらゆる場所からかき集められた僧侶たちの詠唱と読経。それらが奏でる音を聞きながら、アジアの満天の星々に向かって立ち昇る煙を見つめる、アレクサンドロスの胸に去来したものは何だったのでしょうか。

いずれにせよ、「もう一人の自分」そう称された愛人の死によって、アレクサンドロスのなかの何かも確かに息絶えたようです。行動はさらに常軌を逸するようになり、周囲では狂人が玉座につくなどの怪異が続出します。

そしてその心に「愚行と恐怖」が満たされた末、アレクサンドロスも、ヘファイスティオンの後を追うように亡くなったのでした。

彼の死後も流血はやみませんでした。生き残った将軍たちによる後継者争いが起き、大王の愛した人たちの多くもその戦いのなかで斃れていきました。少年の頃から生き死にを共にしたヘタイロイも、大王の妻スタテイラも、ヘファイスティオンの妻、ドリュペティスも、母親オリュンピアスも。

しかし、アレクサンドロスが愛したもう一人の男性、バゴアス。彼がどうなったかについては歴史書も何も語らぬままです。東征に付き従い、大王の戦場での天才と勇気を、閨での愛と優しさを、すべて知っているはずの少年は、合唱競技での輝きを最後に、歴史の闇の彼方へ静かに消え去ったのでした。

あとがき

闘う男と美少年の愛を探して、時空を超え、世界中を巡った旅もこれで終わり。

読者の皆様が楽しんでいただけたら、筆者としての幸いこれに尽きることありませんが、最後に、人の歴史における美少年と男色の意義について今一度問い直したいと思います。

ゴリラの回でご紹介した京大総長の山極寿一氏によると、家族と共同体、二つの形式を両立させて集団を形成する動物は人間だけなのだそうです。それは、家族が見返りを期待せずに奉仕し、身内を一番に考えるえこひいき(偏愛)の集団であるのに対し、共同体は平等あるいは互酬性を基本としたいわばビジネスライク(博愛)な集団だからだと言います。

偏愛と博愛のロジックは、お互いに矛盾するわけですから、動物が使い分けられないのも当然です。

とすれば、もともと両立しえないものを、何とか成り立たせようとしているところに、人間の無理と偉大さがあり、すべての悲劇とそして喜劇の源があると言っていいのかもしれません。

これまで人類史に数々現れた思想家・宗教家も、突き詰めて言えば、この無理を何とか一つの理論のなかで体系立てようとしてきた人々だったのです。紀元前六世紀に中国に現れた思想家、孔子が創始した儒教もまたそうした試みのなかの一つです。彼は「斉家治国」、家斉へば、国(共同体)治まると説き、家の絆を強める孝行と、共同体を秩序立てる忠義を、統一した理論のなかで整理・体系化しようとしました。

しかし、この孔子という偉大な天才のこしらえ事もあまりうまく機能しませんでした。材質も規格も違う家族と共同体を、忠孝という一つのボルトで締め上げようとするたび、個人が、しかも一番弱い者が血を流すという悲劇で、歴史書は満ち満ちています。

ただ、今そのことにはあまり触れず、何故人間が家族とともに共同体を持てたかということを考えてみると、ゴリラの回で触れた、あのオスたちが作った群れに秘密があるようです。

通常、家族という集団しか持たないゴリラが、あの群れでだけ、血縁にない個体による共同体を作っていました。そして、その共同体を形成していた根幹のものは、実はオス同士による、本来まさに家族にのみ属するべき性愛関係でした。

人の共同体の歴史もその起源をさかのぼると、男だけの狩猟集団に行きつきます。この狩猟集団が、軍隊や、国といった、もっと大きな共同体へ発展していきました。そして、これらの集団の絆を貫いていたもの、それは実は一貫して、男色的なものだったのではないでしょうか?

本来、御恩と奉公というまさにビジネスライクなものであるはずの忠誠の物語は、洋の東西を問わず、見返りを求めぬ無償の愛で満ちています。例えば、主君織田信長のために、木下藤吉郎が、草履を自分の胸元で温めたというあの逸話。藤吉郎の肌のぬくもりのうつった草履にはほのかに男色的なエロティックな香りがすると思うのですが、いかがでしょうか。

タフでストロングな男達の冒険と征服の物語であるはずの歴史。

実はその裏で巨大な歯車を動かしていたものは、男と男による、忠誠を偽装した愛だったのです。

そして、家族から共同体へ、この愛を持ち込んだものは、まさに美少年的なものに他なりませんでした。

シドニー・L・W・メレンの『愛の起源』によると、原始時代、荒々しくまだ野獣めいていた成人の男に対して、人間を人間たらしめる情緒や共感性を発達させたのは、女性と少年だったといいます。

力がすべてという単純な世界で生きる父親たちに対し、少年たちはどうやって自分の意志やプライド、あるいは母親や兄弟を守ろうとしたのでしょうか。

そのためには、相手の顔色を読み、望むことを知り、戦略を立てて取引しなくてはならなかったはずです。

こうした気働きは「言葉」そして「心」を発達させることになります。

生き抜くための「知識」や「技術」は大人の男が持っていたが、人を人たらしめる「言葉」や「心」は少年の方が持っていた。

これまで、年長者から少年への薫陶についてばかり注目してきましたが、本当はその絆は相補的なものだったのかもしれません。

神代よりもはるか昔、少年たちは、敵や獲物に対する怒りと憎しみがすべてだった闘う男たちの世界に愛と優しさを持ち込んだのです。

裁判でオスカー・ワイルドが語った次の言葉。

「大人の男は知性を授け、少年は喜びと希望、そして人生の魅力を、彼の前に捧げます」

かつて戦場という世界の傷口に向き合う闘う男のかたわらでたたずんでいた、あるいは金髪の、あるいはブラウンの、あるいは黒髪の少年たち。彼らが癒していたものは闘う男の傷だけでなく、世界そのものの痛みだったのでしょうか。

かつて少年だったものとして、これからも彼らのことを妖しいドキドキとともに物語っていくことが出来れば、とわたしはそう願ってやまないのです。


参考文献:『饗宴』(プラトン著、久保勉翻訳、岩波文庫)/『古代ギリシャがんちく図鑑』(芝崎みゆき著、バジリコ)/『プラトン全集〈6〉 アルキビアデスI アルキビアデスII ヒッパルコス 恋がたき』(プラトン著、田中美知太郎、川田殖翻訳、岩波書店)/『プルタコス英雄伝〈上〉』(プルタコス著、村川堅太郎編集、ちくま学芸文庫)/『プルタコス英雄伝〈中〉』(プルタコス著、村川堅太郎編集、ちくま学芸文庫)/『興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話 (講談社学術文庫)』(森谷公俊著、講談社)/『Alexander's Lovers (English Edition)』(Andrew Chugg著、AMC Publications)/『ソクラテスの弁明』(プラトン著、山本光雄訳、角川文庫)/『愛の起源 (自然誌選書)』(シドニー・L・W・メレン著, 伊沢紘生翻訳, 熊田清子翻訳、どうぶつ社)

イラスト:富士篤実

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なぜ闘う男は少年が好きなのか

黒澤 はゆま
ベストセラーズ
2017-03-18

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なぜ闘う男は少年が好きなのか?

黒澤はゆま

洋の東西を問わず、戦乱の時代に決まって栄えた<少年愛>。死を賭して戦う英雄の側近くに控える、あるいは金髪の、あるいはブラウンの、あるいは黒髪の少年たち――。戦士は少年に何を求め、少年は戦士に何を答えたのか。時に英雄を生むこともあった、...もっと読む

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msk3345 {コラム} 5日前 replyretweetfavorite

yuko88551 〔コラム〕 5日前 replyretweetfavorite

tks564bys0000 【コラム】 6日前 replyretweetfavorite

wol564b =コラム= 6日前 replyretweetfavorite