飼いたい気持ち

今年のはじめ、アメリカで出会った学芸員さんから、ハリウッドには昔「レズビアン銀行」があったという話を聞いた牧村さん。レズビアン銀行とは一体どういう銀行だったのでしょうか? そしてそこから牧村さんは、「お金を稼ぐ」ということについて深く思索します。

※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。

レズビアン銀行、っていうのがあったらしい。

今年はじめ、ハリウッドにある「ジューン・メイザー・レズビアン・アーカイブス」という資料館の学芸員さんに聞いたところ、こういうことだそうだ。

—昔、女は家庭に縛られていたでしょう。仕事をしようと思っても、家政婦とか、電話交換手とか、限られた仕事しか与えられない。一生食べていけるような給料も出なかった。勉強して、もっと稼ごうと思ったって、高等教育を受けられない。医師や政治家にはなれないし、起業しようとしても『女だから』と融資してもらえない。

女はね、父か、夫か、息子がいなくちゃ、生きていけないカゴの鳥だったの。

女ひとりでどんなにがんばっても、女ふたりで力を合わせても、食べていけるだけのお金を稼ぐことが難しかったのよ。だから、女だけで生きることを選んだレズビアンたちはね、人生で成し遂げたいこともできず、愛した人さえ愛せずに、貧しさにあえいでいたの。『なぜ妻にならない、なぜ母にならない』と責められながら。

そこで作られたのが、レズビアン銀行だったのね。

他の銀行が、女への融資を断るならば、女にしか融資しない銀行を作っちゃえばいいじゃない? そうして、女たちが自分のビジネスを始めれば、男にお金をもらわなくても生きられる。もう、望まない結婚をさせられることもない。暴力をふるう夫に殴られ続けることもない。パン屋に雇ってもらえないなら、自力でお菓子屋を作っちゃいましょ! ってわけ。

そうしてこのウエストハリウッドに、女たちの開いた店が立ち並んだ。それで、ふつうの銀行も女を門前払いするわけにはいかなくなり、やがてレズビアン銀行は、役目を終えたの。

この街を見て。レインボーカラーの横断歩道に、レズビアン・ドラマの宣伝ヴィジョン。スーツを着て、パンプスを鳴らして、若い女性が電話で部下に指示をしている。その横を、女性ドライバーのバスが走っていく。バスが行く先には、ゲイ&レズビアン商工会議所まである。

この街を歩いても、もう、わからないわね。ここに、レズビアン銀行があったなんて。必要とされず、取り壊されて、新しい何かが建ってしまった。だけどね、私には、ちゃんと見えるわ。ここにレズビアン銀行があったんだ、ってこと。ここよ。この場所にあったのよ。ちゃんと、覚えているわ

学芸員さんは、……そうやって生きた女性たちの写真を撮り続け、証言や資料を集め、資料館を守っている学芸員さんは、私に話しながらも、その場所から目を離さなかった。その視線をたどったら、なんだか、私にも見えた気がして、私は学芸員さんの隣でその場所を見つめ、サンキューベリーマッチ、と言った。言った後で思った。英語の「サンキュー」は、ひとりが相手でも、複数人が相手でも、どっちにしろ「thank you」だから、べんりだなあ、って。

そんな話を、女の私がこのcakesっていう媒体に、プロの文筆家として書いて発表できる、そして原稿料で食べていけるこの2017年3月14日という日は、いったいどれだけの女の子たちの夢だったんだろう。

書きたいことを「女だから」と胸に秘めたまま死んだ女性が、書いたものを「女だから」と世の中に無視されて死んだ女性が、いったい、どれだけいるんだろう。

「○○だから」と不当な評価に苦しまされるのは、きっと、女性に限らないことなんだろうけど、やっぱり、数の上では、女性(という扱いを受けた人)が多いのかもしれないなあ、と、レズビアン銀行の話を聞いて思った。

レズビアン銀行の跡地を見ていた時の、あの学芸員さんの目を思い出す。

ああいう目をして、一生懸命、歴史の糸を辿っても、もう永遠に失われてしまったものは、もう永遠に見えないんだなあ、って思う。「みんなちがって、みんないい[※1]」と書いた金子みすゞは、結婚後、夫に書くことを禁じられたそうだけれども、そういうふうにして書かれなかったものがたくさんあるんだと思うと、「海の底では何万の いわしのとむらいするだろう[※2]」みたいな気持ちになる。目に見えない、無数の言葉たちが、いわしみたいにきらきら泳ぎ回っていたことを想いながら、お葬式をしたい気持ちになる。
※1、※2……それぞれ「私と小鳥と鈴と」「大漁」より引用

いま、わたしは、おかねを、もっている。

そのことを考えながら、私は、7年間所属した事務所から独立するという選択をした。なんかあったのか、って勘ぐられそうだけど、うーん、まあ、強いて言うなら、「飼いたい気持ちに負けたくないから」、って感じ。これだと伝わらないと思うから、もうちょっと説明しよう。「飼いたい気持ち」について。

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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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makimuuuuuu ハリウッドにあった「レズビアン銀行」について昔エッセイに書いたけど(https://t.co/uVBEseMGPp)、なんと日本にも似たような取り組みがあったらしいことを3/24の講演準備してたら見つけたわ。居場所がないと感じる人… https://t.co/sibWRmtbQw 1年以上前 replyretweetfavorite

3839Ay 「自力でお金を稼ぐことを許されなかったがゆえに自由を奪われていた、女」「私が稼ぐのは、誰かの自由を奪うためじゃない。自分が自由になるためだ。」 約2年前 replyretweetfavorite

oota0731 「ショーペン・ハウエル」「鈴・木」「田・中」おかねはないけど気をつけよう 2年以上前 replyretweetfavorite

cocokokoko 私が稼ぐのは、誰かの自由を奪うためじゃない。自分が自由になるためだ。 「わたしたち」より、「あなたと、わたし」。 「ふたり」よりも、「ひとりと、ひとり」。 2年以上前 replyretweetfavorite