第一章 生き返った男 1《Save Me》(後編)

待合室で《Save me》を聞く徹生。その曲を聞きながら思い出すのは、自分が一歳半の時に死んだ父のこと。父についての記憶が一切無い徹生にとって、父の〝生きた証〟は自分という存在だけ。自分の〝生きた証〟とは何なのだろうか、と自問する彼に衝撃の事実が告げられる。平野啓一郎さんの小説『空白を満たしなさい』が、3章までの限定公開です。

 フレディ・マーキュリーの歌声。目を閉じると、彼の脳裡には、あの日、病室で友人の妻の顔に認めた、命がチリチリと音を立てて燃えてゆく様が蘇ってきた。

 大音量のコーラスで、「Save me!......Save me!......」と繰り返され、三度目にそれが叫ばれた時、彼は腹にグッと固い物を押し込まれたかのように目頭に涙を溜めた。

 自分の中の一切が、崩れ出しかけていた。その最初の取り返しのつかない振動のように、目頭が痙攣し続けている。肩で必死に堪えると、彼は、毟り取るようにイヤフォンを外して、二回激しく咳き込んだ。そして、目を拭って、もう一度、拳を額に強く押し当てた。その一点に意識を繫ぎ止めようとした。

『……俺はこんな人間じゃない。こんなにうろたえて、……何も悪いことなんかしてないだろ? 恥じることなく、ただ、堂々としてればいいんだ。……』

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空白を満たしなさい

平野啓一郎

cakesでもインタビューを行った、平野啓一郎さんの小説『空白を満たしなさい』(講談社)が、3章までの限定公開です。年間約三万人の自殺者が出るこの国で、生と死、そして幸福の意味を問う意欲作。平野さんの考えた概念「分人」をまとめたcak...もっと読む

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コメント

putiyomi 平野啓一郎さんの小説『空白を満たしなさい』が、3章までの限定公開 俺は、三年前に死んでる?じゃあ今ここにいる俺はなんなんだ? https://t.co/HvoRjUmQI5 5年弱前 replyretweetfavorite

quitamarco 面白い。文体もタイト。いい感じ。読みたい。 5年弱前 replyretweetfavorite

sadaaki 平野啓一郎さん @hiranok の小説『空白を満たしなさい』の試し読みも第2回が更新。見逃していた方も、この機会にぜひ第1回からご一読ください。 5年弱前 replyretweetfavorite