早慶近」の衝撃

「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」など、いま一番広報で攻めている近畿大学。今年の正月、大手新聞の関西版に掲載された新聞広告は、これまた見る人の度肝を抜くものだった。「やられた!」と思わず嫉妬したコピーライターの川上徹也氏が、仕掛け人の世耕石弘・広報部長に「インパクトありましたね」とメールを送ると、話は意外な方向に…

関関同立、MARCH、日東駒専、産近甲龍…

 受験シーズンもそろそろ終わりを迎えるが、日本の大学受験シーンに多大な影響を与えているフレーズがある。 それが見出しのような大学の“くくり”だ。 そんな“くくり”に異議を唱えるというスタンスの新聞広告が今年の始め(1月3日大手新聞各紙の関西版)に掲載された。

 広告主は、近畿大学。 そう、あの「近大マグロ」で有名な近大だ。

 私の職業はコピーライターで、特に企業のブランディングの旗印になるフレーズを開発することを得意としている。 昨年、cakesで近畿大学広報部長の世耕石弘氏との対談を連載した。同じく昨年上梓した『こだわりバカ』(角川新書)で、インパクトのある近大の広告を紹介したのがご縁だ。 対談が終わり別れ際、世耕氏は「来年の新聞広告もスゴイの考えてますから」と不敵な笑みを浮かべていた。しかし、正直ここまでやるとは思わなかった。

 写真を見てほしい。 大きく「早慶近」のキャッチコピー。

 見た瞬間、「やられた!」と思わずつぶやいてしまった。

 キャッチコピーにはいくつかの役割があるが、この“早慶近”は、「本文を読んでもらうために興味をひきつける」「読み手の価値観を変える」などの要素を満たしている。 最近の躍進で、関西の難関私大の代名詞である“関関同立”に割ってはいり“関近同立”を狙っていると思われていた近大だが、そんな“くくり”を通り越して“早慶近”とは…。「いったい何を言い出すんだ近大」と、中身を読んでみたくなるキャッチコピーになっている。

 ボディコピーは以下のように始まる。

 旧帝大、早慶上理、MARCH、日東駒専、関関同立、産近甲龍、いきなりですけど、こんな大学の“くくり”一度は聞いたことありますよね?

 それらの“くくり”を<なかなかのネーミングセンス!>とほめるフリをしながら<冷静に見ると滑稽な感じがしませんか?><語呂が良いだけの大学の“くくり”に依存してませんか?><大学界の常識、そろそろ見直してもいい頃じゃないですか> と批判していく。

 そして<じゃあ、世界ではどうか>と話題を変え、<最新の「THE世界大学ランキングで、一定以上の評価をされた日本の私立大学を頭文字でくくってみると、まさかの“早慶近”。研究・教育の国際基準ではこうなっているんです>と続くのだ。

THE世界大学ランキングでの日本の大学の評価

 「THE世界大学ランキング」とは、英国の教育雑誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が発表した「世界大学ランキング2016-2017」のこと。「教育」「論文引用」「研究」「国際化」などの基準で選ばれていて、信頼性のある世界大学ランキングのひとつだ。

 このランキングで世界1位はイギリスのオックスフォード大学。以下、アメリカのカリフォルニア工科大学、スタンフォード大学が続く。200位まで細かな順位がつけられていて、それ以下は大まかな順位しかつかないが、世界全体で980大学が公表されている。

 日本の大学はというと、69校が入っていて、39位に東京大学。91位に京都大学、以下600位までに13校がランクイン。うち12大学が国公立大学で、私立大学では351-400位の豊田工業大学だけしか入っていない。 私立総合大学となると、601-800位に、慶應義塾大学、近畿大学、早稲田大学が登場してくる。同順位の場合は原則アルファベット順ということで正確な順番はわからないが、他の日本の私立総合大学は(上智もMARCHも関関同立も)、すべて801位以下だ。

 だからこの世界ランキングで日本の私立総合大学の上位3校をくくれば確かに“早慶近”は間違っていない(アルファベット順だと“慶近早”が正しいともいえるが語呂を重視したということだろう)。

 まったく、うまく考えたもんだ。 当たり前だが、THE世界ランキングは毎年変動している。ちなみに前年のランキングだとこんな風にキレイに“早慶近”にはならない(上智大学など同じ順位にランキングされている私立総合大学が複数あるため) 。来年もどうなるかわからない。つまり今年しかこのキャッチコピーを世に出すチャンスがないかもしれないのだ。それを逃さずやる、というタイミングも「やるな!」と感じた。

正論を主張しつつもおちゃらけで締める

 さらにボディコピーをみていこう。

 じゃあ今年からはもう、“早慶近”でどうですか?え?「それは無いやろ。」って? はい、分かって言ってます。

 と、自らツッコミを入れてから、

 2017年。そんな大学界の常識、そろそろ見直してもいい頃じゃないですか。

 と本当に言いたかったことを主張していくのだ。

 近畿大学の広告というよりも、日本の教育界全体にもの申すというスタンス。 でも言っていることはまさに正論。
  日本においては、「いい大学」というのはすなわち「入試が難しい大学」のことになってしまっている。世界的な研究や教育の充実といったことよりも、入学試験の偏差値をもって大学を評価するのが一般的だ。 卒業後の学生を評価するわかりすい指標がないため、大学の偏差値は固定化する傾向にある(高校は大学進学実績というわかりやすい指標があるため、偏差値はまだ変動しやすい)。 だから競争原理が働きにくく、大学の序列は50年前とほとんど変わらない。日本の大学の世界的評価が相対的に下がってきているのと無関係ではないだろう。

 この新聞広告が「おみごと!」だと思うのは、そんなマジメな主張をしておきながら

 でも、さすがに“早慶近”て。言いだした自分でもアホくさくて、笑てまうわ。

 とおちゃらけて締めるところだ。

 私も出身が大阪なのでわかるが、あんまり声高にマジメなことを言ったあとは、ついつい「シャレでんがなシャレ」と言いたくなってしまう。この広告もそんな大阪人気質が効いている。

 さらにだめ押しに落款風に「みなさまに早々に慶びが近づきますように」と印字されている。まるで「早慶近は、早稲田慶應近大を並べてる訳じゃなくて、新年の慶びを祝う挨拶の略なんですよ」とも読めなくはない。

近大からのメール 

 いや、まったく読み手をおちょくった(最大級のホメ言葉です)広告だ。 大学の広告は、「世界にはばたく」「未来をひらく」といった抽象的なフレーズでそれっぽく語る、ポエムのようなものが圧倒的に多い。そういった「空気コピー」が99%の中で、異例のインパクトを感じた。

 ただこういった目立つ広告は当然批判も呼ぶ。称賛の声が上がる一方で、「近大ごときが何を言っているんだ」というような意見もネットで散見された。もちろん、近大にとってはこのような批判も想定内だろう。批判する人は、近大の術中にまんまとはまっているのかもしれない。

 もうひとつコピーライターとして注目したポイントがあった。それがこの広告で紹介されていた“関関同立”“MARCH”“日東駒専”“産近甲龍”などの大学の“くくり”だ。 “関関同立”は私が受験した時にもあった“くくり”だが、それ以外はここ数年ではじめた聞いたものだった。なぜこのようなフレーズが生まれたのか興味がわく。 “関関同立”も“MARCH”も、かなりの名キャッチコピーだ。ただその“くくり”によって得する大学もあれば、迷惑だと思っている大学もあるだろう。誰がどのような意図でこのようなネーミングを考えたのだろう?

  そんなことを考えていると、近大からメールが来た。 私が「新聞広告みました。インパクトありましたね」と送ったメールへの返信だった。 内容は「“関関同立”や“MARCH”などの由来を調べて書いてくれませんか?」というもの。

「我々もその由来を知りたいので誰か調べて書いてくる人を探していました。純粋に調べて書いてくれればよく、近大を持ち上げたりする必要はまったくありませんのでお願いできませんか?」とのこと。

 私自身もそれは非常に興味がある。あまりやったことないタイプの仕事ではあるが、ここは近大の提案に乗って、大学の“くくり”の由来を取材してみることにした。

(次回「“関関同立”はいつ生まれたのか?」に続く)

角川新書

この連載について

大学の“くくり”はどのように生まれたのか?

川上徹也

関関同立、MARCH、日東駒専、産近甲龍……受験シーンと大学のブランドを規定している、大学の「くくり」。こうした「くくり」はなぜ生まれたのか? コピーライターでブランディングを得意とする川上徹也氏が、くくりが生まれた経緯を探る。

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コメント

mic32ki 偏差値だけを指標に受験する時代ではなくなってきたよなぁ。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

tobu0 読んでる: 4ヶ月前 replyretweetfavorite

TeraKen0510 読めば読むほど、じわじわくるチラシ。近大の広報ってすごいなあ >> 7ヶ月前 replyretweetfavorite

ponchosan そんなに褒める広告かなぁ。 https://t.co/el4DMaXjxm 8ヶ月前 replyretweetfavorite