2014年、広く話題をさらった異色の映画『セッション』。同作の監督デミアン・チャゼルは、新作『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞の話題の中心となった。惜しくも作品賞は逃してしまったが、監督賞を手にして一気に成功の頂点へと到達した彼は、つい先日32歳になったばかりの若手である。今後どのような作品を発表していくのか、さらに注目度は上がっていく一方だろう。
『ラ・ラ・ランド』は、往年のミュージカル映画にオマージュを捧げた作品だ。舞台はロサンゼルス。女優志望のミア(エマ・ストーン)と、自分の好きなジャズが演奏できる店を持ちたいセバスチャン(ライアン・ゴズリング)のふたりは、夢を抱きつつも鬱屈とした日々をすごす若者であった。彼らのラブ・ストーリーが、印象的な楽曲とダンスで鮮やかに表現された本作は、日本国内でも客足が好調で、25億円以上の最終興行収入が期待されている。
物語冒頭、ミアがオーディションを受ける場面は印象的だ。彼女は携帯電話を耳に当て、誰かから連絡を受ける演技をしなくてはならない。その電話は悪い知らせであり、内容を聞いたミアはショックを受ける、というシナリオである。ここで観客は、面接官の前で演技する彼女の表情が豹変し、大きな緑色の瞳から涙がこぼれ落ちそうになるまでの過程を編集なしの長回しで目撃するのだが、同場面は奇妙なほどに生々しく感じられる。オーディションという設定、映画内で「演技をしてくれ」と頼まれる場面という二重構造が効果的だったのだろうか。これまで、『小悪魔はなぜモテる?!』(’10)『ラブ・アゲイン』(’11)など数多くの映画で、いわゆる「キュートなエマ・ストーン」を見てきたが、本作ほどリアルに映画俳優としての身体性が感じられた場面はなかったようにおもうのだ。
前述した場面には、エマ・ストーンの顔、息遣いや存在そのものが独特のリアリティで記録されている。見ながらしばし、観客はふしぎな気持ちにさせられるであろう。大きな緑色の目、否応なく人を惹きつける顔の造形。この女性はなぜこのように豊かな顔つきをしているのだろう? 俳優が悲しむ演技などいくらでも見てきたはずなのに、巨大なスクリーンに映るエマ・ストーンを眺めながら驚きが絶えない。デミアン・チャゼルは、エマ・ストーンの身体性をフィルムに焼き付けることに成功したのだと、そのシーンを見て感じた。
ミュージカル映画にあっては、ダンス、歌といった身体を使った表現、身のこなしや声など肉体的な要素が驚きにつながる。過去のミュージカル作品には観客を圧倒する踊りを披露する映画俳優が多数おり、観客は何よりも彼らの身体性に魅了されたのであった。巧みな踊りを通じて表現される、有無を言わさぬ身体の躍動。そう考えたとき、映画史に残るミュージカル俳優たちと比較すれば、エマ・ストーンとライアン・ゴズリングのふたりは、そこまで上手な踊り手ではないかもしれない。その点に物足りなさを感じる観客は確実にいるだろう。
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