僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。
双倉図書館にて
僕たちはこれまで、 古代エジプトのヒエログリフ(第181回と第182回参照)、 古代バビロニアの楔形文字(第183回と第184回参照)、 古代ギリシアのタレスとピタゴラス(第185回と第186回参照)などの展示を見てきた。 いや、見てきただけじゃない。パネルに示されているクイズにも挑戦してきた。
いま、僕とユーリは、 テトラちゃんといっしょに古代中国の数学テキスト『九章算術』に取り組んでいる。 算木を用いた乗算の問題を考えた後(第188回参照)、 僕たちは正の平方根を求める開平に挑戦しているところ。
いま面積が五万五千二百二十五平方歩の正方形がある。 問う、一辺はいくらか。
答、二百三十五歩。
※『科学の名著<2>中国天文学・数学集』より
テトラ「算木でルートの計算をするということですね?」
ユーリ「クイズパネルになってる!」
以下は、算木を使って、 $$ \SQRT{55225} = 235 $$ の計算を行う手順を示している。 ヒントをもとにして、 各手順が何を行っているか、想像してみよう。
(r01)
(r02)
(r03)
(r04)
(r05)
(r06)
(r07)
(r08)
(r09)
(r10)
(r11)
(r12)
(r13)
(r14)
(一行目に、$\SQRT{55225}$の計算結果である$235$が得られている)
テトラ「これは、手強そうですね……」
ユーリ「なんでこれで、$\SQRT{55225}$が計算できんの?」
僕「それを考えるクイズみたいだよ」
ユーリ「そーなんだけどさー」
テトラ「順番に根気よく読んでいけばきっとわかるはずですよね?」
ユーリ「これは、何やってるかわかる!」
テトラ「これからルートを取る数、$55225$を算木で並べているわけですね」
僕「そうだろうね。最初に《与えられているものは何か》を明確にしている、と。ヒントにある$S = 55225$を使うなら、これから求めるのは$\SQRT{S}$ということになるね」
ユーリ「いっちばん上の位に、$1$という印を置きましたー……ってことだね、これ。ほらほら、乗算のときも上の位から計算したもんね。 ルート取るときも、上の位から調べるんでしょ?」
僕「なるほど。ユーリのいう通りだろうね」
テトラ「あ、あのう……確かに、算木では上の位から計算をしていましたけれど(第188回参照)、 ここのヒントは《万の位》とわざわざ書いてますよね」
ユーリ「だって、$55225$って、いっちばん上の位は《万の位》だよ、テトラさん」
僕「ともかく、先を見てみよう」
僕「ようやく計算らしいことが始まったよ。ここでは、いま注目している$5$を使って、 $$ 5 \GEQ a^2 $$ を満たす数として$a = 2$を得たと書いてある。つまり、 $$ 5 \GEQ 2^2 = 4 $$ だから、平方して$5$以下になる正整数として$2$を見つけたわけだ。 これは、要するに$\SQRT{5}$を推測で求めていることになるんだね」
テトラ「そうですね」
ユーリ「ダウト! $\SQRT{5} = 2.2360679\cdots$じゃなかったっけ? 《富士山麓オーム鳴く》だし、$2$でいーの?」
僕「ああ、もちろん、小数以下は切り捨てたわけだよ。だから、正確には、$$ \FLOOR{\SQRT{5}} = a \qquad \text{$\SQRT{5}$以下$\HIRANO$最大整数} $$ となる数として、$a = 2$を求めたということだと思うんだけど」
ユーリ「じゃ、このヒントは不正確だね! 『$a = 2$は、$5 \GEQ a^2$を満たす数として得た』じゃなくて、 『$a = 2$は、$5 \GEQ a^2$を満たす最大整数として得た』にしなくちゃ」
僕「確かにそうなるな」
テトラ「ところで、この$a = 2$という数は、結局$55225$とどういう関係になるんでしょうか」
僕「そうか……うん、それは簡単だよ。《万の位》に注目して$\SQRT{5}$を考えるというのは、 結局、$\SQRT{50000}$を考えているのと同じこと。 $\SQRT{5}$の小数以下を切り捨てると$a = 2$になるというのは、 $$ S \GEQ (100a)^2 $$ という$a$を求めたことになるね」
ユーリ「$S$って何だっけ」
僕「数値を具体的に書くと、$55225$だよ」
$$ S = 55225 \GEQ 50000 \GEQ 40000 = (200)^2 = (100a)^2 $$テトラ「ははあ……ということは、$100a = 200$ですから、$$ \SQRT{55225} \GEQ 200 $$ という$200$を見つけたという意味ですね!」
僕「そうなるね。まだ$\SQRT{55225} = 235$まではたどり着いていなくて、$200$というところまで判明したわけだ。 まだ概算ではあるけれど、《百の位》までの詳しさでは正確にわかった、と」
テトラ「はっ! 発見しました!」
僕「何を見つけたの、テトラちゃん?」
テトラ「あのですね。算木での乗算は上の位から計算したじゃないですか(第188回参照)。 あのときも、最初は概算で、次第に正確になっていきましたねっ!」
僕「なるほど! 確かにそういえるね。算木では$360\times49 = 17836$を求めるのに、$$ \begin{align*} \underline{3}00 \times 49 &= 14700 \\ \underline{36}0 \times 49 &= 17640 \\ \underline{364} \times 49 &= 17836 \\ \end{align*} $$ という順になっていったから」
テトラ「そうです、そうです。上の位から計算するので、早い段階から概算が得られています。でも、筆算では、概算が出てくるのは計算がだいぶ進んでからになりますね」
ユーリ「ねーねー、次を見よーよ」
僕「これがよくわからないんだよな」
テトラ「二行目に書いていた$55225$を$15225$に書き換えちゃっていますよね。$5$が$1$に変わりました」
ユーリ「$5 - a^2 = 5 - 2^2 = 1$だから、$1$だよ?」
僕「それはわかってるんだけど、その意味がピンと来ないんだ。$$ R_1 = 5 - a^2 $$ だね」
テトラ「$10000$倍して考えますと、$$ 10000R_1 = 50000 - (100a)^2 $$ ということですね」
僕「そうか。そうだね」
ユーリ「これの意味って何になるの?」
テトラ「$50000$というのは、$55225$を《万の位》までで考えた数ですよね? それから、$(100a)^2 = 40000$に出てきた$100a$というのは、$\SQRT{50000}$を《百の位》までで考えた数です。 ということは、$50000 - (100a)^2$というのは……なんて言うんでしょうか、ズレの部分ですよね」
ユーリ「ズレ?」
僕「うんうん、誤差かな。テトラちゃんはいま一万倍して説明してくれたけど、 $5 - a^2$というのは、$\SQRT{5}$を$2$で近似したときの誤差のようなものだね」
ユーリ「うーん……よくわかんにゃい。あっ、あっちに説明図のパネルがあるよ! きっとヒントだよ! 見に行こーよ」
僕「えー……見てしまうつもり?」
テトラ「もう少し考えてからにしましょうよ、ユーリちゃん」
ユーリ「総攻撃くらったし」
僕「だからね。まず、僕たちが求めようとしているのは、$\SQRT{55225}$なんだけど、それを一気に求めるんじゃなくて、どうやら上の位から求めようとしているらしい。 《百の位》は大小関係で$a = 2$だとわかった。$\SQRT{55225}$は$2XX$という形らしい。でも、まだ、正確じゃない」
ユーリ「まだ正確じゃないから、ズレを考えるってこと? そっか、ズレの部分も同じように繰り返して調べればいーんだ」
テトラ「あたしもそう思いました。ですから$55225$を$15225$にしたのもわかります。これって、$5.5225$から$4.0000$を引いて$1.5225$にしたようなものなんですよ」
僕「それはいいんだけど、問題は、同じように繰り返すというのはどういうことか、だと思う」
リサ「正確な繰り返しはアルゴリズムの基本」
ユーリ「あー、驚いた」
テトラ「$2$が$4$になりました。$4$は、$a$に$a$を加えて得た?」
ユーリ「$2 + 2 = 4$」
僕「$a + a = 2a$」
テトラ「$2$乗を計算するのに、$2$倍がどう関係するんでしょう」
僕「これだけじゃ、まだわからないなあ。《$2$倍の謎》とメモしておくか」
ユーリ「どんどん行こーよ」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)