ウマ面(つづき)
今日も俺は、西島の家のリビングのソファで寝ていた。居候だから文句を言うつもりはないけれど、俺にあてがわれたはずのベッドルームは、しょっちょう“使用中”となる。
西島がどこかで引っかけてきた女と、一晩中セックスしているのだ。
「あん……和彦さん、ダメだってもう……」
「ええやんけ、ラスト!」
「あ、ダメ、待って! あっ、あっあっ……!!」
「うっ、うっ、くっ!」
情熱的な肉弾戦の声が、ドアを1枚隔ててまる聞こえだ。ベッドのギシギシときしむ音と共に、吐息とあえぎ声と笑い声が、俺の耳をくすぐる。リビングで頭から毛布にくるまっているけれど、落ち着いて寝られるわけがない。
「うるせぇ……」
と呆れつつ、西島のバイタリティには感心もしていた。
連れて帰ってくる女はコンパニオンや受付嬢、女子大生、看護婦など、けっこうレベルの高い美女ぞろいだった。そして家に俺がいてもまるで平気でイチャついて、女の子をその気にさせ、ベッドに誘いこむ。22歳だから性欲は有り余っているにしても、女体の大食漢ぶりには恐れ入った。しかも酒を一滴も飲まずに、口説き落としているというから驚きだ。
俺も社長時代には、さんざんいい女を抱きまくった。しかし女たちはみんな、俺の金と名声に寄ってきた。西島は、いまは有名人でもないし実績もない。自分の持っている魅力だけで女を落としてきている。男として、素直にすごいヤツだなと思った。
感心している一方、収監されて2年以上、禁欲生活をしていたのだ。快楽に突き動かされる若い女の声を漏れ聞いて、平常心でいるのは難しい。股間に熱い血がたぎってくるのをひとりで耐えるのみ。こんなことならタイムスリップ前に、風俗に行き倒しておくべきだったかなと、情けない後悔がよぎった。
ふと、由里子の姿を思い出した。
彼女を抱いたのは、いつだったかな。
もう感触が、手のひらの記憶から消えかけている。
1度だけの関係だった。それでも、他の女たちのように、札束とセットになった俺に股を開いたわけじゃない。
俺をひとりの男と認めて受け入れてくれた。
触れた柔らかい肌の感触が消えても、彼女の存在は忘れられない。
会いたいと、あらためて強く思った。
この時代のどこかに、彼女が消えた理由が隠されているのか──。
「あ──すっきりしたわ!! 腹減ったぁ──!」
と言って、西島がドアを蹴飛ばす勢いで、ベッドルームから出て来た。上半身は裸。筋肉のほどよくついた若い胸板に、いくつもキスマークが残っている。
ドアの隙間から、女が背を向けて、ぐったり寝ているのが見えた。すっ裸だ。背中に汗玉が浮かび、白い肌が桜色に上気していた。くびれた腰の下の豊かなヒップラインから、湯気がたっているよう。ほとんど気絶しているようだ。
西島は腹をぼりぼり掻きながら言った。
「おう優作、何か朝飯つくってくれや! あと冷たーい茶を入れてくれ!」
俺はのっそりソファから起きて答えた。
「いいですけど、女の子は放っておいていいんですか」
「おう、ええねん。そのうち起きてくるやろ」
「誰なんですか、今度の子は」
「19歳の女優のタマゴやって言うてたな。アキコやったかサチコやったか。どっかの事務所にも所属してる言うてたけど。全然、覚えてへん。覚えてるのは口説き落とすまで1時間かからんかったことぐらいやな」
「そのぐらいの情報量の子を、よく家に連れこめますね」
と苦笑いしながら、俺は西島に冷茶を出した。西島は一気にくーっと飲み干して言った。
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