記者会見
フラフラだった。
立っているようで立っていないような感覚。
2016年3月2日、僕たちは丸の内にある政府系ファンド「産業革新機構」の大会議室で記者会見を開いていた。2回目の資金調達を発表するためだった。
単なる一ベンチャー企業の資金調達の発表だ。プレスリリースをメディアに公表すればいい話だった。
けれども、僕たちは盛大に記者会見を開いた。宇宙ゴミ問題の認知度をあげたいとか、日本宇宙ベンチャー時代の幕開けのファンファーレを盛大に鳴らしたいとか、そういう思いもあったけど、もっと単純で、「こんなに誇らしい資金調達は伝えるべき」って思っていた。
多くのメディアに加えて、お世話になっている大学の先生方や応援してくださっている人々、山崎直子宇宙飛行士も駆けつけてくれたし、どうしても当日の都合がつかない方々からはビデオメッセージも頂いていた。マンガ「宇宙兄弟」からも応援メッセージが届いていた。
金額で約40億円という大型調達であること、 宇宙ゴミの除去という特殊な事業であることで、この東京発のニュースは世界を駆け巡った。
良い資金調達と悪い資金調達
資金調達は時間がかかる。坂道をずっと駆け上っているような感覚だ。いつ丘の上に立てるのか。ゴールが見えそうで見えないが立ち止まることもできない。今回の資金調達では12ヶ月以上も坂道を駆け上がっていた。長かった。
良い資金調達というものには3つの特徴がある。
一つは、デューディリジェンスと呼ばれる審査過程がむしろ成長過程になることだ。弱点の発見は、すぐに修正・改善になる。事業計画の見積もりの甘さは修正しなければならないが、投資家と一緒に考え抜くことで、戦略が筋肉質になる。
二つ目に、最後の条件交渉に無駄な駆け引きがない。ミッションに対する大きな共感とすでに出来上がった協力関係があるので、直球で議論ができる。
三つ目に、投資家自体がミッションのとりこになることである。この事業が解決する問題を「我がコト」のように話し出す。
逆に、悪い資金調達というのは、お金の話だけを軸に進む。条件の話が主眼となってしまい、 投資家と経営者の信頼関係が希薄で、そもそも事業がどんな課題を解決しようとしているかという最も基礎的なところに共感が生まれない。「少し乗らせてもらえませんか」という投資家も現れる。
こういった悪い資金調達は、一旦事業の風向きが悪くなると、途端にみんなが違う方向を見始め、株主と経営者の信頼関係はなくなり、株主対応に時間がとられ本業がおろそかになる。
僕たちは、今回の資金調達も1回目に引き続き、「良い資金調達」だった。投資家との信頼関係は200%ばっちりだ。
だから、僕たちの記者会見は、単なる発表会じゃない。僕だけが壇上にあがるのでもない。みんなで前に出て、「宇宙ゴミの問題を僕たちみんなで解決するぞ」っていうものすごく意気込んだ記者会見になった。同じAstroscaleのパーカーを着て。
ベンチャー業界の未来が僕にかかっている
記者会見を終えた僕は、フラフラで立っていられなかった。終わらない取材、インタビュー。メディアの速報に対する反応が続々と入ってくる。でも、僕は放心状態だった。
疲れていたからじゃない。今回の資金調達については、僕なりのこだわりがあって、気負っていた。記者会見を終えて、山を越え、力が抜けたのだと思う。
2つのことにこだわっていた。自ら結果を出して示したかった。
まず、資金調達規模。僕たちのこの資金調達が与える影響は大きい。宇宙先進国アメリカ以外で、一体どれだけ資金調達できるのか。みんな知りたがっていた。僕たちの事例が、日本いや、アジアの宇宙ベンチャー業界が拡大するのか縮小するのかの分水嶺になるのは間違いなかった。
次に株主選び。じゃあ、金額さえ大きければ、投資家は誰でもいいのかというとそうではない。腹の底から納得できる投資家選びでなければならない。だから、僕は限定的にしか営業活動しなかった。
少し詳しく書いてみたいと思う。
調達規模へのこだわり
宇宙業界では、小さな額を調達しても意味がない。
日本を含むアジアの宇宙ベンチャーの中で、シリーズBと呼ばれる2回目の調達をするのはアストロスケールが最初だった。どんなシリーズBを行っても、それが「アジアの宇宙ベンチャーのメルクマール」になる。
宇宙ベンチャーというのは、50%が技術ゲーム、50%が資金ゲームだ。一人前の技術に育てるには、ざっと100億円の資金が必要になる。どうやって、技術が先か、資金が先か、本当に悩ましい問題だ。そこを戦略で補って何回かに分けて資金調達をしなければならない。
僕たちの今回の調達額が少なければ、例えば10億円なら、後続の宇宙ベンチャーの調達規模も10億円を目指すだろう。「100億円に達するには何度も資金調達は刻まないといけない」という認識が広がるだろう。でも、30億円、40億円が実現できれば、投資家にも「そのくらいは宇宙は必要だよな」との認識が広がり、宇宙ベンチャーも技術開発を加速できるだろう。
30億円、40億円の調達って、ものすごく大変だ。でも、その金額にはこだわった。そして40億円規模の調達を実現した。
官民ファンドへのこだわり
株主は経営者が選ぶものだ。
長期的な視野で戦略的に構成するものであり、もっとも魂を入れるところでもある。目先の資金繰りのために組んでしまった株主構成はその後、長期的な運営に無理が生じる。
今回の資金調達で大半を出資したのは産業革新機構という官民ファンドだった。 僕はある理由で、どうしてもこの産業革新機構から調達すべきだと思っていた。
これは、僕の社会人キャリアから説明しなければならない。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。