せいのめざめ

ビデオが詰まった/Hなビデオ

イラストレーター益田ミリと、ライター武田砂鉄が、♂・♀それぞれの立場で妄想と憧れの日々を描いた『せいのめざめ』は最終回。武田砂鉄さんの「ビデオが詰まった」と、益田ミリさんの「Hなビデオ」をお届けします。あの時のビデオテープ、いまどこにあるのでしょうか…。

「ビデオが詰まった」 武田砂鉄

中学サッカー部では控えのゴールキーパーとしてベンチを温め続けていたが、ようやくそのポジションから離れることになったのは中学3年の春すぎだったろうか。正ゴールキーパーに昇格したわけではなく、控えゴールキーパーの座を下級生に奪われてしまった。そいつが嫌な奴なら怒りの矛先として豪快に設定できたのだが、とってもイイ奴。「マジ、先輩がいてくれたからこそっすよ」と、今思えば説得力に欠ける熱弁を受けて、すっかり上機嫌。

学生スポーツ方面、主に高校野球の美談として量産される、スタンドの応援団にいる控え選手だけど精神的な支柱でもある、というような状態ではなく、主たる業務は、チームの構想からはみ出された者たちの邪念の捌け口であった。試合形式の練習となれば、早速コートの外で待機だから、主な仕事といえば、さおだけ屋のテープのように一定のペースで「ファイットォォー!」と叫ぶことくらいのもの。

試合形式の練習から外される数名の同級生がいて、今思い返せば、あの数名と定期的な「ファイットォォー!」以外の時間に交わした、すさまじい量の雑談は、性格形成に大きな影響を与えたと思う。だって、スタメンチームやサブチームが一つのサッカーボールを追いかけ回している間に、こちらは、「もしも、あの角を曲がったところに鈴木あみがいたらどうする?」とか、「姉ちゃんのマニキュアを自分の左手に塗って、それでやってみたら興奮するんじゃないか」とか、そういう話に花を咲かせていたのである。あの頃のスタメン勢は今、「負けたら引退という大事な試合の終了間際に入れた劇的ゴール」のことを思い出して仕事で窮地に立たされた自分を「オレにはできる!」と励ましていたりするのかもしれないが、こちらはそんなざっくりとした成功体験を使わない。その代わり、交わした会話を事細かに記憶している。末端の控えの記憶はスタメンの記憶よりきめ細かいのだ。

ある夏休みの練習日、いつものように試合形式の練習から弾かれた山岸君がどうにも浮かない顔をしている。なぜ自分が選ばれないのか、などという不満ではない。いつもならば「マックの割引券を使えるのが明後日までだから早く行かないと」など、サッカー少年とは真逆のトークが始まるのだが、ちっとも覇気がない。何かを抱え込んでいる。まさか思春期特有の甘酸っぱい悩みを抱え始めたのだろうか。取り急ぎ「ファイットォォー!」と叫んだ後、「どうしたの?」と聞くと、「……いやー、詰まったままなんだよ」と小さくこぼす。

ディフェンスとオフェンスのスペースのつくり方が雑で意思疎通が出来ていないから自陣にボールを持ち込まれたときにプレイヤー同士の距離が詰まったまま……なんて話をするはずはない。AVがビデオデッキに詰まったまま出かけてきてしまったのだという。こうなればもう、試合形式の練習を見届けている場合ではない。

当時のビデオデッキは、まだまだ謎の作動不良というリスクを抱えていた。異常を知らせる音を発し、時に一切取り出すことが不可能な状態に陥る。強引に引っ張るとテープの部分がヒュルヒュルと抜けてしまい、悲劇が拡大する。コンセントから抜き、再度電源を入れるとただならぬ音を出しつつも、ビデオが顔を出す。安堵する。しかし、その日、山岸君ん家のビデオデッキは動かなかった。ビデオの中身が〝普通の素材〟であるならば、家族会議の末に電気屋にかけこむ選択肢もあるけれど、そういうわけにもいかない。

山岸君ん家は共働きの一人っ子。比較的〝観やすい〟環境にある。ベランダをかけまわるくらいの小さな兄弟がいるとか、二世帯でおばあちゃんがいるとか、住宅のCMに登場するような「理想の家族」に近づくほど〝観にくかった〟わけだから、山岸君はリスク最少鑑賞可能状態に置かれていた。

もう一回、「ファイットォォー!」を言った後、山岸君が重い口を開いた。 「朝から観てたんだけど、そろそろ準備しなきゃって思って、リモコンの停止ボタン押したら止まんないの。本体の停止ボタン押しても止まんなくて、取り出しボタン押したら止まることは止まったんだけど変な音がして、出てこなくなったわけ。電源入れ直したり、長いドライバーでビデオを引っ張ったりしたんだけど……」
「部活なんて休めばいいのに」。そう言い放ったのは自分だが、今振り返って、なんて優しいんだろうと惚れ惚れする。控え陣はサッカーへの姿勢にもそれ以外のことにもとても優しかった。その気遣いに感謝を示しつつ、山岸君が言う。
「でも大丈夫。親が帰ってくるのは6時くらいだし、それまでに何とかなると思う」。悲壮な顔をしている割には勇気のある見解。その日の練習は12時〜15時。練習が終わると、部室に戻り、シャワーを浴び、着替え、帰る。家に着くのは、早くても16時すぎ。18時くらいとはいえ、帰宅時間が前後することもあるだろうから、1時間少々で決着をつけなくてはいけない。山岸君は、その覚悟を決め込んで、今日の声出しに臨んでいた。決定力不足に悩むストライカーより、よほどたくましかった。

翌日、もちろん真っ先に山岸君を捕まえた。晴れやかな顔がその答えだった。「電源入れたら出てきたんだよ」。つまらないオチ。それだけ。これといった劇的なドラマは時にない。でも、山岸君の不安を、手にとるようにみんなで共有していた。

スタメン勢の多くと異なり、コート外の私たちはモテなかった。でも、想像力はあった。想像力だけがあった。定期的な「ファイットォォー!」の前後にいろんな話をした。山岸君は今、名古屋方面でスーパーの店長をしていると聞いた。たぶん、細かい気配りのできる、みんなに親しまれる店長さんになっていると思う。実際に会うと違うかもしれないから、会わずにそういうことにしておく。あの日の曇った顔と、翌日の晴れやかな顔を今でもクリアに思い出すことが出来る。

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「Hなビデオ」 益田ミリ

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--- - 益田 ミリ - 武田 砂鉄
河出書房新社
2017-01-25

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益田ミリ /武田砂鉄

10代の性の知識は自由、かつ大胆不敵。イラストレーター益田ミリと、ライター武田砂鉄が、♂・♀それぞれの立場で妄想と憧れの日々を描きます。修学旅行の夜、プールの授業、授業中の手紙、夏休みの遭遇……。あの頃、同じ教室にいた男子は、女子は、...もっと読む

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0501Can @cakes_PRさんから #せいのめざめ #性の目覚め @takedasatetsu #武田砂鉄 #益田ミリ 約3年前 replyretweetfavorite

tky564bdx 『コラム』 約3年前 replyretweetfavorite

kitayama521 #スマートニュース 約3年前 replyretweetfavorite

komachibypass "ある夏休みの練習日、いつものように試合形式の練習から弾かれた山岸君がどうにも浮かない顔をしている。なぜ自分が選ばれないのか、..." https://t.co/XPcWM0sgfR https://t.co/5dAPfrXRKy #highlite 約3年前 replyretweetfavorite