池袋の夜にただようヤミ市酒場の香り【美久仁小路】

2020年の五輪開催を見据えて、東京の街は大きな変貌を遂げつつあります。その危機感から、今ならまだ間に合う、今しか会えない、昭和の古き良き風景を伝えるべくスタートした本連載。
最終回は、ビルが立ち並ぶ池袋で、今宵もしっとり灯がともる飲み屋横丁「美久仁小路」。人通りが少なくなった時期もあったけれど、グルメサイトの影響で活気を取り戻しつつあるよう。そのルーツと成り立ち、そして追憶のあれこれを。


嗅いだことはないのだけれど、ヤミ市の〈匂い〉が残る……ように思える横丁が、池袋駅東口から数分のところにいまも残る。

昭和20年4月の城北空襲で、灰燼(かいじん)に帰した池袋駅周辺。戦争が終わるとここにもヤミ市が生まれ、東口側は新橋などと同様、「組」組織であるテキヤ・森田組が仕切る〈森田組東口マーケット〉が成立した。だが昭和24年には早くも区画整理が始まり、昭和26年には完全にヤミ市は消え去った……。このときに退(の)かされた屋台営業の人々の一部は、駅から少々離れた土地に集まり、肩寄せ合って店を作り、再出発した。池袋にはそんな流れで成立した飲み屋横丁がいくつかある。いまも残る〈栄町通り〉や、いまはもう消えてしまった〈ひかり町〉に、〈人世(じんせい)横丁〉。そして毎夜灯がともる、この〈美久仁(みくに)小路〉だ。

サンシャイン60通りの裏手にある〈美久仁小路〉は、20軒ほどの飲み屋が並ぶ60メートルほどの路地。途中の一か所がクランクし、それがアクセントになっている、誠に味のある小さな飲み屋街だ。


「昭和26年築なんだ」と小野さんが言うこの建物は、1階、2階にそれぞれ6畳と4畳半の2間ずつしかないが、そこに当時4家族が住み込んでいたというから、日々を生きるために必死であったに違いない。

青空に五輪、横丁には繁栄。そんな時代。

〈ずぼら〉はここで最古参の店。小野博さんのご両親が店をはじめた昭和29年頃は、かつてA級戦犯が収容されていた巣鴨プリズン(後の東京拘置所)があるばかりのうらさびしい場所であった。そのためか客はあまり来ず、いったん店を閉め、10年間は夫婦でおでん屋台を引いたという。店を再開したのは東京五輪開催の年、昭和39年。小野さんには、幼少の頃の鮮烈な記憶がある。「この路地からブルーインパルスが5つの輪っかを作ったのを見たんだ」。昭和39年10月10日、国立競技場上空の青空に浮かぶ大きな五輪を、池袋の飲み屋横丁から眺めた4歳の少年の明るく、鮮やかな記憶。この頃には、戦後の経済成長に合わせるように駅前の賑わいは徐々に外側へと広がっていき、このヤミ市移転組の飲み屋横丁が連なる一帯へも浸潤した。

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この連載について

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東京ノスタルジック百景 シーズン2 ~今見ておきたい昭和の風景

フリート横田

ライター兼編集者として、数々の街歩き取材を重ねてきたフリート横田氏。著書『東京ノスタルジック百景』からのcakes連載が好評を博し、満を持して書き下ろしの連載がスタート。2020年の大イベントを控え、急激に変化しつつある東京。まだわず...もっと読む

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コメント

OsamubinLaden ここは本当にそうだね  3年以上前 replyretweetfavorite

fleetyokota 東京には、奇跡的に残るヤミ市の痕跡があります。 池袋東口のこの横丁は、屋台を引いた人々が昭和20年代半ばに作り上げた横丁です。そんなことを書いた記事です^^; 週末まで無料で読めるようですので、ぜひ。ヤミ市移転のhttps://t.co/tQxs3QFotJ 3年以上前 replyretweetfavorite

ikiatari_mentum ほう、サンシャインの裏にねぇ……これは知らなかった。一回くらい行ってみたい。 3年以上前 replyretweetfavorite