水野良樹が語る「ヒットの本質」
では、いきものがかり・水野良樹は、音楽シーンの未来にどんなビジョンを抱いているのだろうか。
第一章で語ってもらったように、単にアーティストがライブ主体に活動を続けていく、音楽産業がビジネスとして成立するということだけでなく、「みんなが知っているヒット曲」がこの先も生まれてほしい、というのが水野のスタンスだ。
「おそらく、音楽産業がある程度の形で残っていくだろうとは思います。音楽好きの人たち、音楽に対してもともと積極的な気持ちを持っている人たちがそれを支えていくようになる。
それって、ある意味、とても幸せな世界だと思うんです。きっとその場所には音楽が好きな人しか集まってないから、作品はすごく良いものができていくかもしれないし、文化がすごく深まっていくかもしれない。そういう可能性は感じます。
でも僕はやっぱりヒット曲が社会に影響力を持っていた時代に憧れてきた人間なんです。そういう人間である僕からすると、その〝音楽好きの人たちだけで回っている世界〟を出ないと意味がない。自分だけでは届かない人と繋がれるからこそ、曲を作る意味があると思うんです」
水野は、自分の作った歌が「届かない人にまで届いた」という実感を持っている、と言う。その表現は「ヒット」の本質の一つを射抜いている。
「どうしても『ありがとう』の話になってしまうんですけど、農村や漁村のおじいちゃん、おばあちゃんが、あの曲を聴いているんですよ。いきものがかりは知らないけど『ありがとう』は知っているという人がたくさんいる。
たとえば、僕があるとき、お弁当屋さんで惣菜を選んでたら、たまたま店内放送で『ありがとう』が流れていて。それを聴いた若い夫婦が隣で会話していたんです。奥さんが『あ、これ「ゲゲゲの女房」の曲だわ。私、この曲、好きなの』って言って、旦那さんが鼻歌を歌ったりして。でも、もちろん僕には気付いていない。作った人が隣にいることなんて全然気付いてなくて。
そのときに『あ、この曲、ヒットしたな』って思ったんですよ。そういう風に、音楽がいろんな人の普通の日常生活に溶け込んで、僕らが普段行かない場所、自分だけでは届かない人にまで届いたときに『ヒット』の実感があります。
たとえば音楽評論家の方が褒めてくださったりしても、それはもちろん嬉しいし、とても励みになりますけど、『ヒットした』ということではないと思っているんですね。それは自分と同じクラスタというか、自分と同じ興味を持っている人とつながったということでしかない。僕としては、音楽に興味がないような人にまで届いたときに『ヒットした』と思いますね」
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